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ついにできた!40日間での緊急出版
宮崎学である。 中国・内モンゴルの詩人ボヤンヒシグ君の初の日本語による本 「懐情の原形--ナランへの置き手紙」が ついに完成し、本日、檸檬屋に100冊到着した。表紙の帯は梁石白氏が書いてくれた。 「ボヤンヒシグ 近代の<知>を乗り越えて、アジアをさすらう詩人の魂」 いい言葉や。ボヤンの本を読んで、わしが感動したのもここや。日本で入管はじめいろいろ不愉快なこともあったのだろうが、全然、そんなことは水面を風が吹き抜けたように、彼の心に傷ひとつ残さんかったようだ。しなやかな強靭さという,また別の世界が広がっとる
というわけで、タイトルはわしがつけた...というより選ばれてしまった。サブタイトルは当ホームページで公募して、たくさんのご応募をいただいた中から採用したのは前に書いたとおりだ。 ボヤンの帰国前にあいつのために、この本の出版を決心して、1ヶ月半、でできた。わしは自分の本をいっぱい出したが、他人の本を出す方にまわったのは初めてだったが結構大変やのう。まあ、ほんまのこというと、面倒なことはみな組員やそのまた友人の諸氏がやってくれたんやけどな。 カネもないままで出版をやろうとういう無謀な「ボヤン氏の本を出版するファンド」に参加してくれた数十人の方がた、編集をひとりで2日でやってくれた水野蝙蝠組員、装丁の古田修氏、出版の原田英治氏、および、なにかと例によって心配してくれた青林末婆のみなさんに感謝する。 ボヤンとわしが知り合ったのはちょうど一年前、彼が日本で勉強したいちうのに、法務省入国管理局の役人が、滞在許可延長を認めないということだった。わしは、出版社の社長にたのんで(あのわしの「突破者」を出した会社や)そこの社員、ちうことにしてしもた。なに、ボヤンはずっと勉強しておったのだ。そのお礼、ということで書いたのが、7年間の日本滞在での総決算としての、この本である。 来日したときすでにモンゴル有数の詩人であったボヤンは、7年間、千葉のコンビニなどでバイトしながら、日本の言葉と詩を学び、この作品を日本語で書いたのだ。 まあ、キツネ目組でこのような日本語を書けるやつはひとりもおらんことは保証する。めったに他人をほめない、どころか大御所の文章を「下手糞」とか平気でいいよるから、ながいこと文学賞もらえなかった日本のトップ詩人の荒川洋治がボヤンの文章をよんで感動してしもたぐらいやからな。 出版の原田英治くんは、この本をインターネットで立ち読みできるシステムを考えた。全部読める。 そんなことして損せえへんのかいな、とおもうが「それでいいんです。その上で気に入って買ってもらえるような本でなければ出版屋として出す意味がない」というようなことをいうておった。スジは通ってるがこれも変人やのう。 というわけで、ボヤンの本は、ちゃんと日販とかを通じて、15日ぐらいから一般書店にならぶが、このホームページの読者は、原田英治君のwebサイトで、その前に立ち読みできる。わしがハタキをもって邪魔したりしないからゆっくり読んで、気に入ったらかうんやでえ。そんなことせんでも買う、という感心な人はパーティ会場で、荒川洋治、ボヤン、そしてわしの3人のサイン入りの本を100部だけ売る。これは将来、値がでるだろう。わはは。 ボヤンは近く帰国する。わしはなんとなくもったいないような気がするが、まあしゃあない。だから4月16日にボヤンの出版記念パーティとお別れ会をやることにした。午後6時半ぐらい開場。場所はここや。おおいに参加してくれ。
同じモンゴルのウヨンタナさんという草原の風のような歌を歌う女性と、上海の竪琴の名手のフェイさん、名前わすれたけど、モンゴル1の馬頭琴の名手が来て演奏してボヤンを祝ってくれる。ファンドの見通しもその日、明らかにされるはずだ。これは純文学にぞくする本やとおもうから、楽観は許されない。あはは。 ほなねるでえ 2000・4・7未明 宮崎 学
ボヤンさんの「懐情の原形 ナランへの置手紙」の出版を祝う記念パーティ参加ごきぼうのかたはここをクリック
宮崎学とボヤン・ヒシグサインいりでお届けします。ただ発送はパーティの終了後になります。
なお、ボヤンさんの本を出版するファンド は受付を終了しております
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特別付録
さいきん檸檬屋のあまりの楽しさについ勘定を物忘れがおおくて・・・・とかききまして無料製作しました
「檸檬屋への支払いを推進する会 はづかし
