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奨励作品賞

小説   古い鉄砲の欠片(かけら)

バットトルガ・ナイラムダル

男性   モンゴル   1987年生まれ
受賞時: 神戸大学 経営学部

古い鉄砲の欠片(かけら)

今日は特別な日なのだ。ちょうど58年前のこの日、ワシのおじいさんが80歳にして亡くなった。〝年月っていうのは矢の如く早く過ぎてしまうものなんだな〟と、この歳になって思うようになった。いつの間にか、80年間という長い人生を後にしている。今初めて気づいたわけではないが、改めて考えてみると不思議な気もする。棒に跨がって騎馬合戦をしていたときがつい昨日のように思えても、鏡に映る自分の変わり果てた姿を見れば、そうではないことを語ってくれる。おじいさんも同じ気持ちを味わっていたのだろうか。この年頃の人間っていうのは、毎日を同じように過ごしている。服も気にせず、同じものを何日も続けて着ることもある。そういえば、おじいさんもいつも同じ格好をしていたような気がする。あの茶色のデールの姿が、今でも思い出の隅に鮮明に残っている。確かに、おばあさんがおじいさんの定年を祝って、作ってあげたと聞いたことがある。定年したばかりのおじいさんは、まだ自分の外見などに気を配っていて、そんな地味な色のデール(モンゴルの民族衣装)をあまり着ようとしなかった。しかし、何年か経った後は、それ以外のものを着ようとしなくなった。

お昼頃病院帰りの道で、息子の家によってきた。今朝、息子からの電話があって、〝新しいところに引っ越すから、預かっていた物を全部引き取ってほしい〟と言われていたのだ。十年前に息子に家を譲って、妻をつれて郊外の小さな別荘で住むようになったとき、使わない物を倉庫にしまったまま置いて来ていた。そのまま捨ててもいい物がほとんどだったような気がしたが、一応見に行くことにした。息子の家を訪れるのが久しぶりだったもので、店によって孫たちに少しお菓子を買って行った。なにせ、孫たちを喜ばせるのがお年寄りの唯一の楽しみだから。家族が全員揃ってワシを待っていた。キッチンからは蒸し餃子の美味しい匂いが漂ってくる。息子が気を配ってくれたのか、冷たい風を通さぬようにと窓を全部閉めていた。家の中の暖かい空間と孫たちの満面の笑みがワシを迎え入れてくれた。孫たちが次々とワシの口に頬をよせてくる。〝子供っていうのはなかなか可愛いものだ〟とそのとき思った。

食事を終えてからさっそく倉庫を覗いてみることにした。長い間扉を開けなかったせいか、倉庫の中身が古くさい物の匂いでいっぱいだった。中に入ると、左右の物置にダンボール箱がぎっしり並んであった。外側に、箱の中に何が入っているかをちゃんと書いてあった。近いところから見て行くと、古い本やら、形の崩れたスプーンやフォークやら、色褪せたカーテンやら色んな物が出てきた。そのほとんどが使えない物ばっかりだった。いくつかの箱の中を見てから、続けて見ることを諦めた。だが、箱に書き付けた文字だけにはざっと目を通しておくことにした。そうしていると〝宝物〟と書かれた鉄製の箱が目に映った。おじいさんが集めていた大工の道具を入れていた

箱であることをすぐに認識できた。字形がワシのものであることも一目で分かった。ゆるゆると近寄って、まるで映画で、冒険者が宝石の入った箱を開けるときと同じように、全神経でゆっくりと広がる隙間を見つめながら、そっと蓋を開けた。目の前にあったのは、古ぼけた日記用のノートが一枚と錆び付いた鉄の欠片が一つだった。それだけを見て、頬を伝って暖かい一粒の涙が流れ落ちるのを感じた。その後また一粒...。いつのまにか両目が、何年も蓄え込んだ苦痛の液体でいっぱいになった。ワシは自分の宝物を見つけたのだ。

ワシは何時間も机の前で考え事をしていた。なぜか手にペンを持ったまま。そこで、日記を書きはじめた。だから、今こうやって思い出の中を探りながら、紙を舞台にして、ペンを相手にワシの手が踊っているわけだ。65年前の彼らは、よく一緒に踊ったものだ。その証拠に、今ワシの前に彼らが残した〝業績〟がおいてある。15歳の自分の日記を読むのはとても不思議な感じがする。しかし、もっと不思議なのが鉄の欠片のほうだった。どういうわけで、箱の中に入っていたのか、まったく思い出せない。仕方もないだろう。人間の脳は毎日新しい情報で詰め込まれているのだから。それでも、自分に苛立った。わざわざ宝物あつかいをしておいて、忘れてしまうなんて愚かな者だ。ワシは何かヒントを見つけるため、日記を読みつづけた。

今日またおばあちゃんに叱られた。羊を放牧に行っていた僕は、森の中で遊んでたんだ。本当は遊んでたわけじゃないけど、おばあちゃんがそう勝手に言いつけた。ただリス狩りをしてたんだ。狩ったリスの皮でおばあちゃんに帽子を作ってあげるつもりでやったのに、けっきょく叱られてしまった。まあ、それも仕方ないだろう。僕のところの羊の群れが他の群れと混ざってしまったことだし、それを分けるのは、誰もが望まない難業だからね(笑)。この頃おばあちゃんの機嫌が悪くなっている。おじいちゃんが何日も続けて姿を見せないからだろうか。おじいちゃんもおじいちゃんで、たまに家に戻っておばあちゃんの機嫌を直してくれればいいのに。最後に戻ってきたのはいつだったっけ、たしか二週間前に一回会った気がする。そのときも長くいられず、すぐにまた鉄砲を背負って、あの黒い馬と一緒に出ていってしまった。馬に乗ったおじいちゃんの姿はとても逞しいと思っている。僕もそう見えるといいね。

確かに、おじいさんは定年してから家にいなくなっていた。暇があればすぐに鉄砲を背負って遠くに出て行ってしまうのだった。ひどいときは丸一ヶ月も家に戻らず、どこかで野宿した。それで、戻ってくるときはいつも狼やら鹿やら何か狩った物の肉や皮などを、馬の両側にぶら下げながらくるのだった。あの姿ほど逞しいものはないだろう。おじいさんは元軍人だった。ほぼ50年間を兵隊生活に費やした。ほぼ半世紀を緑色の軍服で過ごした。だから、この人を尊敬しない人はいなかった。ワシは15歳の頃からこの人に興味を持ちはじめた。物心がついたときからおじいさんという人の存在を知ってはいたが、それ以上のものはなかった。ワシはもともと都会育ちの子だったが、毎年夏休みになると田舎へおじいさんのところに行っていた。たしか、初めて行ったのが7歳のときのように思える。ワシがおじいさんの初孫だったから、よく可愛がってくれていた。しかし、あの人は兵隊とともにワシのおじいさんをも卒業したのだ。おばあさんともろくに会話を交わさなくなり、まわりに何が起きようと気にしなくなった。今考えてみれば、おじいさんは家庭より仕事と国を先においていたような気がする。それも仕方ないだろう。

おじいさんが生まれたのは、第一次世界大戦が終わった直後だった。モンゴルの南部にあるゴビ(砂漠)で生まれたのだ。小さいころは、食料もそれほどなく、各家族が自炊でなんとかやりすごしていたそうだ。モンゴルが満州の支配から解放されたばかりだったので、国家も安定しきれていない状態だった。だから、今のワシが会社から退職するのとおじいさんが軍人をやめるのがまったく違う理由はその時代背景にあるのだろう。

今年の夏は本当に暑い日が多い。犬も吠えるのが面倒くさいらしく、お客さんが来たときに目を向けるだけで、ずっと家の陰で寝てる。このさぼり屋に仕付けをしてやりたいところだが、そうする体力がない。この暑さ古い鉄砲の欠片3031に体力を全部奪われてしまって、本当は日記を書くのもだるいんだ。でも、今日ちょっと特別なことがあったから、書き写しておこう。おじいちゃんが三日ぶりに家に戻ってきたんだ。本人の話によると当分家庭生活を送るらしい。それもそれでよかろうとは思っているけど、今までどこで何をしてきたのか少しでもみんなに発表してもらいたいね。おじいちゃんを尊敬しているし、好きだけど理解できないところがいっぱいあるから、つい腹が立ってしまうときがある。実は、もうちょっと大人扱いしてもらいたいんだ。だって、おじいちゃんがいないときに、この家の男の仕事をすべて僕がやっているんだから、少しくらい褒めてくれたりしてもいいんじゃないかな。おばあちゃんはよく褒めてくれるけど、おじいちゃんはうんともすんとも言わない。もうすぐ夏が終わるし、草刈りの時期も近づいているし、せめて僕が何をしていればいいかを教えてほしいけど、ぜんぜん口を聞いてくれない。たまに、僕には激しい孤独感にとらわれるときがある。たまに、都会の家に戻ってしまいたいときもある。でも、家に残るひいおばあちゃんとおばあちゃんのことを思ったら、とてもそういうことができないんだ。同年代の子たちが川沿いで遊んでるのを見ても、見てないふりをするのってそんなに気持ちのいいことじゃない。まあ、でもこれが僕の選んだ道だから愚痴は言わないほうがいいだろうな。実は、おじいちゃんが家にいられなくなったときから、おかあちゃんが置き去りにされた二人を自分のところに引き取ろうとしたんだ。でも、僕が反対してやめさせてしまった。この二人は都会にいるより、澄んだ空気が吸える、物静かな田舎で暮らすのが好きなんだ。それに、何より僕もそういう暮らしが好きだから、二人の面倒をみる約束で、おかあちゃんを止めることができた。

おばあさんは普通の人だった。というのは、おじいさんと比べれば普通の人だったということだ。当時のワシに、おじいさんを理解することほど難しいものはなかった。家族をほったらかしにして、自分を「あやして」いるようにしか見えなかった。しかし、今のワシなら少し理解できるかもしれない。家族はいつも二の次だったおじいさんにとって、その姿勢を崩すのが難しかったのかもしれない。だから、家族の先におけるものを探し求めていたのかもしれない。どれにしても、おじいさんは家族を愛していなかったわけでもなかった。それが、分かったのは65年前の夏だった。

もうすぐ夏が終わりそうだ。それが分かるのはあの黒い馬の朝の姿なんだ。よその群れからおじいさんが買った馬だから、夜になると逃がさないために家の近くで木を地面に挿し込んで、そこから長い紐で繋いでおくのだ。毎朝向かいに行くときに、馬が周りの草をまだ食べ続けていたけど、最近はいつも立ったまま僕を待っている。食べる草がなくなったからなんだろう。紐の長さを変えたわけでもないし、やっぱり夏が終わりかけているという実感が湧いてくるんだ。今朝も同じように僕を待っていた。その姿を見た僕は思わず笑った。幼稚園の子供が母親を待っている姿と似ていたから、それが可笑しくて、また可愛くて笑った。馬ってなかなか可愛い動物なんだ。とくに、頭を僕の脇の間に入れて甘えるときが一番可愛いんだ。低い嘶き声をあげて、その柔らかい口先で胸を軽く突いてくるのもけっこう可愛い。でも、あいつらが悪戯な気分になったときの冗談が少しきついけどね(笑)。そういうときには落馬の体験が一つ増えることになるんだ。まあ、無駄な話はおいといて、今日起った出来事について書こう。僕は今焚き火の光で日記を書いてる。隣にはおじいちゃんがぐっすり寝ていて、足下にはあのさぼりやの犬が仰向けになって、どうやら夢を見てるらしく、ときおり前足を動かしたりしてる。今日初めて草刈りを体験した。おじいちゃんに教えてもらいながら、初日にしてはかなりの量の草を刈ることができた。自慢じゃないんだ。おじいちゃんがそう褒めてくれた。今日のおじいちゃんは少し変わっていた。僕といろいろ話をしたり、一緒に歌を歌ったりもした。おじいちゃんの歌声も素晴しかった。そうしているとなぜか胸が苦しくなってきたんだ。おじいちゃんの振る舞いが普通じゃないことに気づいてはいたけど、その理由が分かったときに思わず泣いてしまった。でも、おじいちゃんには涙を見せなかった。今朝二人で草刈りの準備をしてから、家を出るときにあの三人は三人揃って顔を曇らせていた。原因は何だったのか知らず、おじいちゃんと二人で家を出たが、その後あの人の振る舞いですべてが分かった。実は、昨日の夜僕宛の手紙が家に届いた。差し出し人はお母ちゃんだった。日本に留学することが決まったから、早く戻ってくるようにと言われたんだ。三人に報告したときはみんな喜んで僕の頬にキスしてくれた。僕も喜んではいたけど、心の底で三人との別れを惜しんでいた。それでも日本に留学したいという気持ちが強かったから、どんなに切なくても三日後にここを出発することを決めた。でも、今日のおじいちゃんを見ていた僕は心の中でずっと泣いていた。ここから行きたくないという気持ちを伝えたかったけど、かえってそれがこの人たちを混乱させるだけとなるだろう。だから、我慢した。しかし、おじいちゃんのたった一つの発言に僕は崩れ落ちた…。

〝真の男は他人に涙を見せず、愛する人に愛を唱えず〟というのがおじいさんからワシへのメッセージだった。何気なく口に出したその言葉が、容赦なくワシの胸に突き刺さった。〝おじいさんは家族を愛している〟それが事実だった。愛しているからこそ、それを口に出さないのがあの人の愛し方なのだった。たしかに、おばあさんとおじいさんは言葉で会話を交わすことはめったになかった気がする。それに、不思議なことにおばあさんはおじいさんの帰りを知っていたかのように、そのときに限って四人分の料理を作るのだった。もちろん、おばあさんの予感が外れるときもあったにしても、〝愛〟は言葉だけで表現できるものではないことを証明してくれた。ワシは一体おじいさんが言う〝真の男〟にはなれたのだろうか。40年前に長女を事故で亡くしたとき、たったの一粒の涙も捧げなかったワシは、〝真の男〟なのだろうか。妻の〝愛している〟に、笑い返しで答えるワシは〝真の男〟なのだろうか。今こうやって〝死〟を待っているだけのワシは、あの人のこと、あの人の伝言をなぜ思い返すのだろうか。実は、今日病院で検査の結果を発表されたとき、後わずかしか生きられないことが分かった。どうも、心臓が悪くなっているようだ。妻や息子には黙っていたが、妻の予感が働いたのか、前よりもワシに構ってくる。ワシは人生で後悔なんてしていない。しかし、この鉄の欠片が何なのか知らないと、安らかに死ぬことができない気がしてならないのだ。ただの偶然であれ、何であれ、この鉄の欠片が隠している真相は何なのだろうか。ワシに何を伝いたいのだろうか。

今日はここでの最後の日だ。寂しい。明日ここを出たら、後三年間もこの人たちの顔が見れないと思うと、ものすごく悲しい気分になる。日本ってどんな国なのだろうか。ここみたいに豊かな自然に恵まれている国なのだろうか。それとも、高層ビルが建ち並んだ、ロボットが人間の代わりに仕事をする、映画で出るような凄い国なのだろうか。本当は一人で行くのが少し心細いんだ。未知のものに人間は恐れを感ずるっていうじゃない。古い鉄砲の欠片3233まあ、でも若いうちにいろんなところに行って、たくさんのものを知りたいから頑張ってみるしかないか(笑)。今の僕はものすごく複雑な心境にある。僕の片方がここに残りたいと言ってるし、もう片方が日本に行きたいと言ってる。でも、残りたいと言える自信がないから、けっきょく日本に行くけどね。おばあちゃんとひいおばあちゃんは今朝からずっと料理の支度をしてる。送別会を開いてくれるそうなんだ。おじいさんは馬乳酒を買いに出かけた。家で作ってないから、必要なときに他所から買うんだ。都会に帰ったら向こうでも家族のみんなが集まって送別会を開いてくれるみたいだけど、おじいさんが参加できないって言ったから、今日の送別会はおじいさんと僕のためのものと言った方がいいかな。それじゃ日記よ、牛の糞を掃除にしにいくから、また夜ね。

〝別れるときが大事じゃない。次に会うときが大事なんだ。遅く別れたって、早く会えるわけでもないし、間の期間が縮むだけのものなんだ〟と言って、おじいさんはワシを見送りに来なかった。それもそうだけど、今度会うときにおじいさんが既に死んでいたらどうなるのだ。戻ってきたときには、おじいさんは死んでいたではないか。亡くなったわけでもなかったけど、昔のおじいさんは死んでいた。ワシが日本にいたとき、おじいさんは脳出血で左半身の感覚がなくなっていたのだ。それに、脳の中がきれいさっぱり洗い流されていた。ワシのことなどはまったく覚えていなかった。ワシが持ってきた狩り用のナイフなどはもう必要なかった。いやだったデールも毎日着るようになっていた。あんなおじいさんを見たワシは、涙をこらえずあの人の前で泣いてしまった。気にしている様子もなかった。昔のおじいさんだったら、叱ったりしたかもしれない。しかし、あのときのおじいさんはそれどころか、本人自身が泣き虫になっていた。何か悪かったり、おばあさんが少し叱ったりするとすぐに泣いた。まさに、長い年月にわたって蓄え込んだ涙が器を溢れたかのようだった。少なくとも、ワシはそう思いたかった。おじいさんは決して病気なんかで泣く人じゃない。

…ここでの夜の星空が本当に奇麗。星はまるで上から降ってくるかのように流れていくんだ。最後の夜は外で明かすことにしてよかった。少し寒くて手が震えてるけど、書きたいものが少しあるから、ランプも持ってきて日記を書いている。今日の送別会でおじいちゃんから変な物を渡された。おじいちゃんが言うには古い鉄砲の欠片だそうだ。どうして、そんな物をくれたのか知らなかったけど、おじいちゃんからの初めてのプレゼントだったから喜んで受け取った。どうやら、おじいちゃんが小さいときに見つけた物らしい。非常に貴重な物のように、布で包んだまま僕に渡した。一体どういう意味なのか分からないが、大事にしたいと思う。今の僕がその意味を分からなくても、いつか分かるだろうと信じて、どこかで大切に保管しておこう。日記も今日で最後だと思うし、二つを一緒に隠しておこう。たしか、おじいさんの大工の道具入れがあったような気がする。その中に入れておこう。日記よ、君と一緒に過ごした夏休みは最高だった。君は僕の一番の親友だよ。つらいときも、楽しいときもいつも二人でシェアできて本当に良かった。都会に帰ったら忙しくなるだろうから、君をどこかで大事に保管しておくね。さようなら。

ワシのタイムカプセルの中に15歳の日記と古い鉄砲の欠片が入っていた。しかし、この古い鉄砲の欠片は一体何を意味しているのだろうか。当時のワシが理解できず、今のワシに真相が裁けると信じていたのだ。それなのに、まったく分からないままで、途方に暮れている。本当のところ、自分が15歳のときに日記なんか書いていたことすら忘れている。日本から国に戻って、すぐに社会に出たワシは日記のことなど思い出す余裕もなかった。朝から夜までの半日を仕事場で過ごしてきた。おかげで自分の会社も立ち上げることに成功した。あれから今まで家族や子孫のためを思って、全力で働いてきた。それが、ワシの愛し方なのだ。現代の社会は金が武器になっている。昔は鉄砲だったかもしれないが、今は金に換わった。そう考えれば、軍人と社会人はそれほどかわらない気もする。そう思えば、わしも同じように家族を守るために、現代の武器の使い方に熱中したのかもしれない。しかし、おじいさんのように、最後の最後で家族を置き去りにして遠くへ出かけたりはしなかった。それとも、おじいさんの遠くに出かける理由と、ワシが一日中読書に耽る理由が同じかもしれない。ワシが今まで何千万の書類に関わってきたことと、おじいさんが定年まで何千万の夜を野原で明かしたこととが、同じ理由からかもしれない。そう思うとワシはおじいさんとほぼ同じ人生を歩んできたような気がする。となると、古い鉄砲の欠片は一体どういう意味で渡されたのか分かるはずだ。単なる鉄の欠片を孫に贈るおじいさんは何を考えていたのだろうか。あの人が亡くなるときは、多くの人が涙を分けた。軍人のときのおじいさんは本当に輝いていたが、定年後のおじいさんはまるで羽をなくした鳥のようだった。ちょうど今のワシと同じように。そろそろ薬の時間なので、今日の日記はこの辺でお仕舞いにしよう。鉄砲の欠片については、今夜じっくり考えることにして、どうか早いうち答えが見つかるように願っておこう。

天国のおじいちゃんへ

僕は今日おじいちゃんの日記を見つけた。ついさっき読み終わったところなのだ。おじいちゃんは日記を書く次の日を見られなかった。ノートを胸に抱えたまま永遠に眠ってしまった。おじいちゃんが亡くなったことを聞いて、昨日の夜アメリカから戻ってきたのだ。お葬式にはたくさんの人が来てくれたよ。そのとき思ったのだ。やっぱりおじいちゃんは〝古い鉄砲の欠片〟だなと思ったのだ。みんなに慕われたり、尊敬されたりするおじいちゃんは〝古い鉄砲の欠片〟だよ。僕はおじいちゃんの初孫だから、よくおじいちゃんのことを知っている。家族だけのために生きてきたことも知っている。おじいさんが亡くなったときは本当に悲しくて、もう少し早く戻ればよかったと後悔してならなかった。だから、今こうやっておじいちゃんに手紙を書いているのだ。ノートは大切に預かっておくよ。それに鉄の欠片の方もね。日記の最後でおじいちゃんは答えが見つからないことで嘆いていたが、その答えはおじいちゃんにではなく、他人にあるのだと思う。もしかすると、おじいちゃんのおじいさんはその答えをおじいちゃんから見つけて、この鉄砲の欠片を贈ったのかもしれない。もしかすると、古い鉄砲の欠片ではなく、〝古い鉄砲の欠片〟が本当の贈り物だったのかもしれない。あるいは、自分を誇らしく見てくれる人への〝愛〟のサインだったのかもしれない。あるいは、単なる捨てがたい鉄の欠片だったのかもしれない。いずれにしてもこの古い鉄砲の欠片はもっとも愛する人に渡す物であることには間違いないだろう。僕の声を聞いていると信じて、この手紙を書いたのだ。おじいちゃんは僕の憧れの人だった。おじいちゃんは僕のことを愛してくれていたことも知っている。愛しているからこそ、あの古い紙幣を僕古い鉄砲の欠片34に贈ってくれたのだよね。おじいちゃんが初めて自分で稼いだお金だと言って、僕がアメリカへ旅立つときにくれたよね。もしかすると、この〝古い鉄砲の欠片〟は〝古い紙幣〟と同じなのかもしれない。それではおじいちゃん、さよなら。

古い鉄砲の欠片:モンゴルのことわざ。昔の鉄砲の鉄は頑丈で、性質が良かったことから、昔地位の高い職業などについていた人、あるいは多くの業績を残した人に対して使う。


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