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奨励作品賞

小説   再会

クリコフ・マキシム

男性   ロシア   1977年生まれ
受賞時: 東京芸術大学大学院博士過程 音楽研究科音楽学専攻

再会

完全なる幻想短編小説   まったくの非政治的ストーリー*

…ヨンジュウウ・ハッチ…ヨンジュウウ・キュウウ・いいよいしょ・ゴジュウ!

50! できた!

マカーロフは緊張を解きほぐすように息をふーっと吐きだして、床にばたりと突っ伏した。

汗びっしょりになって、額からは大粒の汗がしたたり落ちている。

あっつ! あつい! 東京はあついな!

特等室の窓という窓を開け放っていたが、せっかく吊るした風鈴も八月中旬ともなるとばててしまったのか、深い眠りについたかのように微動だにしない。その代わり、外の庭に遊ぶ油蝉の「じぃじぃ」は、壊れたラジオのように、外務大臣の神経を逆なでんばかりだが、そうはさせない。一大国の外務大臣ともなれば、神経は図太い。

腕立て伏せ50回。マカーロフの日課だ。二週間前まで49回だったが、誕生日パーティーの翌日から一回増やした。そう、マカーロフ外相は50代に突入したのだ…

しばらくそのまま横たわって、汗の粒が豪華な床板に流れ落ちるのを感じていた。クーラーがついていない。マカーロフは、学生の時代で初めて冷房と出会い、そのせいで真夏に風邪を引いてしまってからというもの、ずっと冷房が苦手で、いまだに慣れない。

暑い日には、暑さの中を…

誕生日のパーティーはモスクワの郊外に建てられた豪奢な別荘で開かれた。外交官、政治関係者のほか、マカーロフ本人が全く知らない来客もだいぶあった。夜11時前だっただろうか、作り笑いがすっかり硬直して、もう表情を変えられなくなったころ、突然総理が現れた。マカーロフは総理と二人で二階に上がり、樫の間に入ると、

「おめでとう!」と言って総理は思い切り(やや強く)マカーロフの肩を叩いた。

「おめでとう。ついに50歳か、本当に若くみえるね、お前は。今年は大切な年になるぞ。本当だ、よく覚えておきなさい、今年って年を。2015年をな」

「はい。」総理が来ると思っていなかったマカーロフ。

「ところでお前は最後に日本へ行ったのはいつだった?」

「2012年11月6日です」

「それじゃ3年ぶりだな、ひさしぶり日本へ行ってみないか!」と言って総理はもう一度思い切り(…やや痛く)マカーロフの肩を叩いて部屋の外へ出た。

翌朝から外務省内はあわただしく動き始めた。

長い間続いていた韓国と北朝鮮の間の交渉がようやく合意に達し、二週間後に迫った九月に統一協定が調印される可能性が囁かれていた。もしそうなれば、おそらく西東ドイツ統一以上に歴史的な出来事であり、全世界に影響を与えるに違いない。そのような状勢の中で、日露間の北方領土問題は依然解決せず、平和条約も結ばれていないということ、両国にとっても懸案事項であった。そこで韓国と北朝鮮の統一協定が結ばれる前に、北方領土問題を解決し、日露平和条約を結ぶようにという大統領命令が外務省に下された。その条約締結の調整という大役がマカーロフ外相の50歳最初の誕生日プレゼントとなってしまった…。

「日本へ行ってみないか!」マカーロフはやっと床から立ち上がってシャワーに入った。

「もう来てるぞ!」

じぃじぃじぃじぃじぃじぃじぃ…

日露平和条約締結のための事前協議を急ピッチで終えると、外相を団長とするロシア代表団は昨日無事に成田に到着した。時差ぼけと日本の猛暑に適応するための時間は一日しかない。今日は、逗子市近郊のプライベート・ヴィラで条約締結に向けた最終協議が行われる。

時差ボケにも、夏バテにも、油蝉にも、悩みにも負けない、マカーロフ。

しかし、この状況で彼の強靭な神経も極度に緊張していた。蝉の声にいつもとは違う反応を示す。

「じぃじぃじぃ」

シャワーの中のマカーロフは、まるで音叉のように心身を振動させていた。それほどまでに緊張が高まってしまったのは、勿論今回の使命の重大さもあっただろうが、その他にもう一つ、日本側の団長が誰だか分からないままだったということ。一週間前、東京からの連絡で、マカーロフが個人的によく知っていた日本側の外相が急に入院してしまったという。そこで、まだ就任して日が浅い外務次官が、日本代表団を率いることになったと。

一体誰なんだろう?

この一週間懸命に行われた調査の結果はゼロに近い…。女性。40歳(若いな!)。北道海子(きたみちうみこ)。職歴その他の情報はない。不測の事態によりロシア外務省では動揺も見られたが、マカーロフは遅滞なく「了解しました」という返事を日本側に送った。

「じぃじぃじぃ」の音色が少し変わった。倍音が一つ抜けたか、それとも新しい要素が加わったか。うまいのど歌のように聞こえてきた。低いベース音の上に、非常に高い、鈴の音がはっきりと聞えた。

あ、電話だ!やばい!時間だ!行かなきゃ!

敷地の奥まで進むと、広かった砂利道が段々細くなって、竹薮の中で完全になくなった。代わって美しい苔のなかに、ところどころ様々な形の飛石が敷かれている。ロシア代表団と日本人外交官たちからなる列がばらばらになっていく。石と石の間が広かったため、無表情のままかしこまって規則正しいテンポでは進めなくなってきた。マカーロフは、石から石へ飛び移る仲間たちを、ニコニコしながら眺めていた。自分の飛び上がる姿も含めて。彼の緊張した心身は踊りを求めていたようだ。

青々とした竹と苔、飛石は次第に広大な庭へと繋がっていった。その空間の中心に様々な草花にうずまっている立派な洋風の屋敷。ドアが客を招きいれようとするかのように広く開かれており、両側に出迎えの人々が並んでいる。ロシア代表団が再び列を戻す際に、マカーロフは日本の団長を探してみた。

(あれ? 男性ばっかりだ! おかしいな。あ、あ、いた、いた! )

ドアから着物を着た女性の姿が現れてきた。

(ちっちゃい !)

確かに、北道の背は高くなかった。ロシア・日本の両代表団が対面の形をとる。

「わたくしども…まして…まことに…ございます…こころより…」通訳も同行しているが、東大に留学経験のあるマカーロフが話す完璧な日本語に、日本人の外交官はすっかり慣れているので、もうお世辞も言ってくれないし、「すごい」という表情もみせてはくれない。再会*まぁ、厳密に言えば、ほんの少し、政治的な色合いがあるように映るかもしれない。でも、本当にほんの少し…。

互いに建前を言い合いながら、観察する。彼女の目のやや下に視線を向けると、全体を把握することができる。マカーロフの中で、少なくとも「外相」「男」「人間」としてのそれぞれの自分が同時に彼女の情報を収集している。しかし北道はまっすぐ彼の目の中を見ている。そして、ニコニコしていない。ちっとも。

(危ない! 本格的な武士の娘だ! 100パーセント。じゃ、今日は冗談やめておこう! )

挨拶の流れは自然につきて、北道は手招きした。団長の二人、つづいて各代表団員が建物の中に入った。

全員が上がってきた三階の大広間は、白を基調とした内装で、大きい鏡が沢山ついている、なかなか珍しいスタイルだ、とマカーロフは感じていた。二つの代表団員は長いテーブルに向かい合って席に着いた。しばらくの間、椅子の動く音、咳をして喉を整える音が聞こえる。それに続いて、いよいよ有名な外交の立役者、「間」。

そう、これだ。

この「間」を破る担当者は、深呼吸をし、口を開けた(たしか、その瞬間だった)。突然、静寂と同時に、極めてはっきりとした北道の声が響いた。

「みなさま。すみませんが庭へ戻ってもらえないでしょうか。マカーロフ外相と二人でご相談したいことがございます。勿論、マカーロフ外相にご了承頂ける範囲で、ですが」

参加者らの囁き声の中で、再び、彼女が発した。

「どうぞよろしくお願い申し上げます!」

「諸君! 聞いたか? さ、庭の方へ! 」

マカーロフは、「賛成!」の意思を明言し忘れ、自分の仲間に外に行くようにとだけロシア語で命令をした。再びみんなの椅子が動く音。紳士たちは鏡の間から切れ目なく出て行った。その動きはまるで脱走のようにも見えた。

「マカー、マカー、マッカーサーちゃん! 外相! 大丈夫? 今日はちゃんと頭が回転してる? 」と、マカーロフの後ろから仲のいい同僚のささやきが聞こえる。

「大丈夫か小丈夫かどうかなんて、大きなお世話だ!行ってろ! 」

やっとドアが外から閉められた。

よく考えるとここは本当に鏡が多い。そしてそれぞれ鏡は別々の方向を向いている。とマカーロフは気づいた。正面に座っている北道の左右に、二人のマカーロフが座っているのが見える。

「こちらのホールは面白いでしょう。録音機、カメラ、などの装置はありません。少なくとも、私が知っている範囲では」

「そうですか。それはありがたい」

そう言ってマカーロフは、外務大臣の立場から離れて、まっすぐに相手の目の中を見てみた。目がすごく笑っている!!! 二人は互いの目を見合っていた。これまでに体験したことのない、外交辞令の応酬、バトル…

でも、バトルかな?「たしかに、ほとんど変わらないね。二キータさん」

(へ?)「

すみません? ちょっと今聞き逃したみたいで、もう一度お願いできますでしょうか?」

「あまり変わらないけど、毎日新二キータになるって。今もそう?」

「すみません、すみません、えええ…」

彼女の言葉に虚をつかれてしまったマカーロフは、会話の中で敬語もなくなったことになかなか気づかない。

「すみません、本当に何の話か分かりませんが…」

北道は突然笑い出した。心から自然的に。とても嬉しそうに。

「『一期一会』でしょ? 二キータさん。それとも、あなたは言ってたように『二期二会』?」

(じぃじぃじぃ…じぃじぃ…じぃ…)

強靭な糸が緩んできた。二キータ・マカーロフは状況が見えてきた。

「前に会ったことがありますね」

「正解! ただ、勿論あなたは私のことを覚えていないと思いますよ。あなたは一人だったけど、私は大勢のなかの一人だったから」

マカーロフはようやく話の展開が読めた。

「まさか中学校? 異文化理解授業?」

「正解! 正解! 何年だったか知りたい?」

「もちろん! もしかして1992年?」

「1990年10月21日です!」

「なんてこった!」

北道を挟んで座る、二キータ・マカーロフたちが馬鹿にしたように笑いながら両手を振っていた。

「丸25年か! あぁ! 信じられない!」

マカーロフは東京大学の大学院で勉強していた当時、毎週のように公立中学校に行って、生徒たちと直接コミュニケーションをしていた。異文化理解教育プログラムというのがはやっていた時代で、彼は6年間くらいその活動をし、何百回も学校に足を運んだ。大学院修了後、外交官の道を選んで、ロシアに帰ることにしたマカーロフは、帰国の際、大きな不安を抱えていた。それは十分すぎるほど重荷になっていて、すっかり増えてしまった身の回りの荷物を抱える余裕はもう残っていなかった。日本で集めた様々な資料・書類のほとんど全てを捨ててしまった。確か371キロにもなった。その中には、中学校に行った時に子供たちからもらった感想文、手作り手紙、葉書、ポスター、折り紙も…

「そっかあ、私が作った団扇も捨てたね…」

「ごめん! 全部捨ててしまった。たぶんすごく不安だったんだ。私はあのとき自分が正しい道を選べているのか悩んでいたんだ。自分の夢に向かって進めているのかって。本当は日本にもう少し残りたかったんだ。だから新しい道に進むために過去のものを捨てずにいたら、重すぎると感じたんだと思う。痛すぎる。私は日本人じゃないから、懐かしいという気持ちは、いい思い出より、つらい気持ち。たまに古い写真とか葉書を取り出して楽しむタイプじゃないから。ごめん。でも、その時全部捨てる前に、全てのものに、あとそれをくれた人々に対して心からありがとうと言ったんだよ」

「そう…かぁ、そっかだよね。ただ、二キータの中で、私たちのクラスの印象とか、私のことどれくらい記憶に残っているかなと思ったの。だって、あの授業の時にあなたが言った言葉、私は全部覚えているから。全部」

「ほ、本当? そんな…」

二人は、すでにあらゆる代表団としての立場を忘れ去ったばかりか、常識的な範囲での儀礼さえ気にしなくなっている、とマカーロフはやっと意識したが、もはや物事の自然的流れに逆らう力がなかった。いや、再会1011もしかして、その気持ちがなかったのかもしれない。このときマカーロフは、「外相」、「男」、「人間」、そういった自分を構成する様々な要素を制御するのをやめた。

「授業の時に先生たちが写真を撮ってくれることがよくあったけど、北…北道さんのクラスでは?」

「たしかなかったな。写真撮らなかった。先生はいたけど、そういう授業にそんなに興味を表さなかったみたい」

「残念、学校に行ったときの写真がちょっと残っていると思うけど」

「二キータは教室に入って、あぁ、ごめんなさい。二キータって呼んでもいい? その時私たちにとってあなたは二キータだったから。マカーロフではなかったでしょ」

「今でも二キータですよ。生まれてからずっとニキータ。いまや50年間二キータ。大丈夫です」

「やっぱりそれも言ったね。そう、教室に入って、皆がまだざわざわしている間に、黒板に大きな漢字で『一期一会』と書いて、みんなの方を向いた。でも何も言わない。『一期一会』という超説教くさい言葉を見て、私たちはもっと盛り上がってきた。そのときにあなたは歌いかけた。ロシア語で」

「確かに歌ったね。自分としては上手く歌ったと思います」

「私もはじめはそう思ったけど。クラスは静まりかえって、あなたの歌だけが聞こえた。初めて聞く言葉だった。けど歌が突然終わって、皆どうすればいいのか分からなくてね、沈黙を守っていた。先生も困り果ててた。それであなたは…」

「思い出した! 思い出した! あなたの学校とあなたのクラスのことを思い出した! その時私は『国歌じゃないからリラックスしていいし、拍手してもかまいません』と言った。赤竹中学校だ! ね! ねぇ! 」

北道は自分の椅子から飛び上がった。彼女の目から涙がぼろぼろ溢れ出ている。マカーロフも、テーブルを叩いて飛び上がった。

「すごい。どうやって思い出したの?」

二人の間の唯一の境となっていた長いテーブル。

「どうって、もちろん私は学校に行くたびに、同じような話を同じパターンでやるけど、同じと言ってもね、クラスの雰囲気とか自分の調子によって細かいことで変化を加えたから。だから、実は、同じ話を二回やったことがない。だから、ちょっとがんばれば、それぞれのクラスや授業を思い出せるかも。ね、『一期一会』ですよ! 私は授業の終わりに歌うことが多かったけど、あの日は『一期一会』という話に入る前に歌いたくなったんだ」

「どうして?」

「分からない。自分の気持ちに従っただけ。どうだった?」

「多分、皆すごくびっくりした。でも、本当に上手に歌ってくれたので、感動したなぁ。その雰囲気の中で、初めて聞く二キータの日本語。『拍手しても…』って。でもでも! 拍手じゃなくって、握手と言ったよね! 」

「そうだそうだ! 私はいつも間違ってた! いまでもよく間違える。ゆっくり考えないと間違える」

「それを説明してくれて、みんなが安心して、まず、拍手して、後は、握手ね。私とも握手してくれた」

「本当? うん、多分皆にしたね」

「その後は、すぐに二キータのかわいいアクセントで『私は日本語でちょっとしゃべるんですが、外国人ですから、どんなにがんばっても完璧で、みなさんと同じように話せません。だから、間違いいっぱいします。変な間違いも。何とかお許しください』と言ったよね。みんなも『はあぁい』と納得してたよ。」

二人が飛び上がったところからやっと落ち着いて、北道の嬉し涙も、喜びの微笑みに吸い込まれた。

彼女はリモコンでクーラーを消して、重いビロードのカーテンを引くと、窓を開けた。

外は夕暮れどき目前。クーラーが残した冷たい空気が、竹森の方へ流れていった。庭から植物の香りとヒグラシの鳴き声がしみ込んできた。

油蝉の後は、ヒグラシの音の美しさが際立っているとマカーロフは思った。

北道は窓の外をのぞいた。正装の紳士たちは草地の方々に散っていた。遠くに見えた竹森に石から石へ飛び移っている人の姿が見える。

しかし、次の瞬間に全員が無言のまま屋敷の三階の窓に目をこらした。北道は彼らに対して手を振った。

「マカーロフさんも少し挨拶してくれませんか?」

白い広間の多くの鏡には、再び大国の外相の姿が映った。マカーロフは長いテーブルを回って、北道のそばに立った。下に集まった全員の目の中には同じ質問が現れた。

「もう、もう少し、ヒグラシの音をお楽しみください」

窓を閉め、電気をつけた。今度は二人並んで座っている。

「今日、私たちがここで会ったのは当然のことですか?不思議ではないですか?どう思いますか?って」

「そう。その質問いつもするようにしてた。いつも反応が違うんだ。私自身にとっても、その質問は大事な方法だった。私は、学校に行くことに慣れてしまうことがあって、だから、今日は本当に何のために来たの? はっきり意識してる? 真実が見えなくなっていない? ってその質問で確かめるんだ」

「私は、自分の人生の一時間を皆さんと一緒に過ごします。私の人生の一時間がこの教室の中で過ぎていく。その後、教室を出てさようなら、です。もう二度と会わない。会えると嬉しいけど、その可能性が非常に低い。だから一度しかないこの出会いをできるかぎり大事にしたいです。私たちはみんなお互いに影響を与えたりします。この先もずうっと。私には、いいところとよくないところがあります。でもこうした授業の時間は短いので、みなさんによくないところを見せたり、悪い影響を与えたりするには、あまりに時間が限られているかもしれません。勿論できるかぎりいいこと、いいものをみなさんに伝えたい。将来は非常に予想しにくいものだから、今日の私たちの出会いは、もしかして、将来別の誰かの人生に大きな影響を与えたり、誰かの運命を変えてしまうかもしれない。あるいは、私からの影響ではなくて、みなさんからの影響、誰かからの何かが、私の将来を変えることもある。それを予想できないから大事にします。今日のあなたたちと話せるチャンス、一つしかない出会いを大事にします」

北道は一息を入れた。

「合ってる?」

「すごい! そんなに覚えているの! 」

マカーロフは感動を隠せなかった。

「これがあなたが言う『一期一会』だったね! 今でも同じように考えているの? 何か変わった? この話と一緒に『毎日新二キータになる』と言ってたでしょ。毎朝起きてから、色々な人と出会って、知識を伝えたり、もらったりして、夜寝る前には、もう新しい二キータになっるって」

「それは今でも変わらない。今でもそう思ってる。25年の間いろいろあったけど、すべての経験を思い返してみたら、やっぱりそうだ。基本は変わらない。一つの出会いで将来が変わるかもしれない。どう思いますか? いや、あの授業の時受けた感じと、今の感じはどうですか?」

北道は何かを思い立ったのか (あるいは何でもなかったのか) 向こうの鏡に写った自分の姿に手を振った。

「二キータの言葉は私の心に刻まれてるよ。その『一期』に関することだけではなくって、あの時言った言葉、すべて。高校受験の前の私はニキータの言葉から強い影響を受けたよ。私だけじゃない。そういう人がいっぱいいた。実はね、卒業後も中学校の仲間たちと三ヶ月一回会っているんだ。みんな立派な大人になったよ。会うたびに、二キータの話になる。みんな毎日学校で会ってたけど、実はその出会いはそれぞれ違っていて、同じじゃない。今日会っても、明日絶対会えるとはかぎらない。今日人を傷つけたら、明日その結果を修復する機会が必ずしもあるわけではない。あなたのおかげで分かって、みんなそれを25年間守っている。いや、守るというより、自分の周りに伝えているのです」

「そんな…」

その言葉を聞いてマカーロフは明らかに大きなショックを受けていた。

「私が言ったことがそんなに影響を与えるとは思わなかった。自信もなかったね。でも、本当に、本当に言いたかったことをみんなに言ってみただけです。一度しかないチャンスを使って。でもね、その時、よく先生たちと喧嘩したよ。何を、どうやって子供たちに教えるかということに関して。私は『教える』という言葉をやめて、『伝える』を使うことにしたんだ。人から伝えられたことを、ちょっとだけ自分の中で整理して、誰かに伝える。これだけです。『日本人の中学生は本当に子供で、難しい話、政治、戦争の話しないでね。』、『ロシアの歌を歌うなら、皆が知っている曲を歌うと、楽しむだろう。』とよく先生たちから教えられた。でもでも、待ってよ! 先生! もう一回言います! 私にはみんなと話せるチャンスは一度しかない! みんなが知っている曲を歌って、ロシア民族衣装を見せながらコザックダンスを踊ったら、楽しいけど、私は皆を喜ばせるためにそのクラスに来たわけじゃない。でしょ?刺激を与えるために来たんですよ。授業が終わって、さようならといって、皆すぐ私のことを忘れたんじゃ、なんにも意味がないよ」

「そうそう! 『教える』ではなくって、『伝える』ってことね! 『教える』だと、中学生はまだ子供で、何も分からないから、分かってほしい物事を段々教え込むという印象が強い。でも、思い出してみると、14、5歳の私たちは、絶対子供ではなかった。まあ、勿論、子供は子供なんだけど、もう色々分かるもんね。理解のために必要な機能は完全に揃っていると思う」

そう言い終えると、北道は突然笑い出した。

彼女の気持ちが転換したのが分かった。憤りから陽気へ。そしてこう続けた。

「ごめんごめん! 今思い出したの。どうして二キータがクラスに入った時に、皆がざわざわしていたか。あなたは日本の羽織袴を着て来たんだった。ロシア人なのに。おかしかったわぁ! でも歌の後でようやく皆が慣れてきた。すごく似合っていたしね」

「これもあの日の特徴だったんだ。日本の着物を着て学校へ行くのは、あの時一回だけだった。その前は、ロシア民族衣装を着たけど、その後は、普通の服を着るようになったんだ」

「あそうだ! 確か末永だったと思うけど、話の途中で『あなたはロシア人なのに、どうして日本の着物を着ているの』という質問をして、あなたの答えは…」

「好きだから! 」

マカーロフの目はいたずらっぽく輝いていた。

「そうそう! あの時うちの先生は椅子からずり落ちちゃって。すごく楽しかったよ! 」

「でもでも、その後すぐ、真面目な話もしたでしょ。ロシア人だからロシアの民族衣装を好きじゃないといけない、というわけじゃない。ロシアで一回でも着たことがないロシアの民族衣装を、どうして日本に来たからといって着ないといけないのか。勿論いろんなイベントでそうしたけど、ある日、その衣装は、残念ながら、私には何の関係もないと悟ってきた。だから無理して着ないことにしたんだ。自分で本当に好きになる時まではね」

「で、じゃ、今はどう?好きになった?」

「私が日本の着物を好な理由は、その着物についていっぱい知っていたからだと分かったんだ。その歴史、着付けの仕方、紋の意味、どんなことでもいいから日本のことを一所懸命知ろうとしていた。だからこそ日本のことが好きになったんだと思う。日本全体を何回も旅行で回って、色々な人と出会って、毎日新二キータになっていた。ある日、その日は民族衣装について悟った日からしばらく経ってからだったけど、気づいたんだ。『ちょっと、待てよ、待って! お前は、お前は、実はロシアについて何も知らないんじゃないか!? ロシアの中を旅行したことがないし、ロシアについての知識もほとんど全てがマスメディアからのもので、自分の目や心で見たものじゃないじゃないか! 』って。それが分かったときは何よりもショックだった。自分のふるさとのことも、自分の文化も、それどころか自分自身をぜんぜん知らないんだって」

「そう。その話もしてたっけ…」

「日本からロシアに戻って、三年間色々な地方を回って、様々な民族の人々と出会ったんだ。人々の考え方とか弱点とか、民族衣装の意味も、いろんなことが分かってきた。どんなことにも質問をいっぱいして、沢山の答えを見つけた」

「そ、それじゃ、ロシアの民族衣装を好きになった?時々着てる?」

マカーロフは明るく微笑んで、北道の素敵な着物を見た。

「ロシアには民族衣装がいっぱいありますよ。農民のもの、商人のもの、貴族のもの、その他にもいっぱい。私は田舎に行くとき、農民の服を着ている。裸足で緑いっぱいの草原を風のように走るのが好きだから。雪の上も。でも、町にいるときは着ていないね。長いブーツは好きじゃないから」

二人の話は切れ間なく続いた…

「ね、あなたのいじわるな質問を覚えている?」

「日本という国には誰が住んでいますか? そして、ロシアという国には?」

「そうそう! それ! 面白かったよ! 色々な答えが出たね。一番皆が笑ったのは、『ロシアには二キータが住んでるよ。』と井上が言ったら、恵美ちゃんが『ばか! 二キータは日本に住んでるじゃん! 何見てんの! ここはロシアじゃないんだから! 』って叫んだ時ね。その時あなたは…」

「そう、簡単に言ってしまえば、日本では主に日本語を話す人が住んでいて、ロシアでは主にロシア語を話す人が住んでいる。人はお互いの言葉が分かればコミュニケーションもできる。お互いを理解したければ理解できるし、どんな問題があっても、解決できるって。そう言ったかな」

「お互いを理解したいと思えば理解できるし、どんな問題が起こっても解決できる」

北道が繰り返した。

二人の話が更に続いた。続いた。

二キータ・マカーロフはあの授業の時と同じ歌を歌った。別の曲もまた。

「…」

ドアの外にがさがさいう音が聞えて、わざとらしいノックの音。

「はぁい? 何でしょう?」「あのうぅぅ、おはようございますう、お話中大変申し訳ございませんが、おはようございます」

「あぁ。そうだ!なんてことだ。もう朝ですね」

「そうしたか。それではそろそろ本題に戻りましょうか」

――――

追記   この会談の二週間後、国後島では、日露間の北方領土問題に決着が付けられ、平和条約が結ばれた。その際、マカーロフは出席、北道は欠席…

追記2   その更に1ヶ月後の10月25日、平壌では、韓国と北朝鮮の統一条約が結ばれた。11月9日すでに開放された38度線上で大規模なコンサートが開催された。その時、マカーロフは出席、北道氏は出席…

ふたりは、再会?


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