もしも 冬が来たら
ゆらゆらと舞い落ちる牡丹雪に
真っ赤な帆を張り
日の出丸と命じて
北風に背向き
暖かい南洋へ避寒してくる
三月になるまでに
必ず帰ってくる
来年の梅の花の香りを
逃がしたくないのだから
もしも 春が来たら
温室中の胡蝶蘭は
一所懸命に黄色の小さな翅を打ち
春風に乗って外へ飛んで行く
蜜蜂に甘い言葉を学び
風に揺れる花々に
優雅な身ぶりを見習って
満開の桜の下で蝶々と舞い踊る
自分と蝶々との間に通じないのは
言葉ではなく
種族の問題でもない
心なのだと
胡蝶蘭はいつ分かるだろう
もしも 夏風が吹き始めたら
真昼の空にある白と青以外の多彩なゴム風船を
一個ずつ空に届けたい
北の春を求めに
最後の二個を片手で掴んで空中に飛んでいき
北へ 北へと囁きながら
夏風に乗じて緑の森を乗り越えてゆく
しかし僕は南へ行きたいのだと
ポケットにある気の利かないタンポポは文句を言う
もしも 秋になったら
なぜか黒いインキが
真っ赤な秋愁に燃えさせ
万年筆の中で沸き返す
インスピレーションが筆先から噴き出たら
四百字詰めの原稿用紙は
花嫁に属する色をだんだん見失っていく
筆を執る、憂鬱に悩む人は目が回り
骨が体内で咆哮する
木枯らしに吹かれてかぜぎみの楓を
一枚拾って川に流し
いつか海との出会いを願う
風には国境がない
風は国境を越えてもビザが要らない
隠喩の使命が与えられる風は
何億年経っても何も言っていない
風はただ放浪の途中に
みんなの夢を叶えてあげたい
誰が風の夢を叶えてくれる?
風は愛しい人の身を吹き通したくない
もしも 私は人間になったら
風としての運命を捨て
あなたの前に足を止めて
一分でも 一秒でも
あなたを両手でしっかりと抱きしめたいのだと
故郷のない風は言う
流れ星は
長い炎の尻尾を引きずって
燃える精子のように
銀河という巨大な子宮の中で冒険をし
何光年もの長い旅を経て
ようやく青い惑星に辿り着く
情熱に燃え上がって興奮しすぎる流れ星は
炎上する鋭い刃物の勢いで
真っ暗の空を横切るときに
痛みで空の叫び声も
煙にむせて咳をする雲の喘息も
愉快に聞こえる
空を見上げて願い事を唱える人は
流れ星が海に消える刹那の悲鳴を聞こえない
流れ星の微弱な光は
畑の夜をライトアップできない
暗闇の中で花の開く音に驚かされた蟻が転んだ
コンプレックスを抱える醜い幼虫が
昼間に目にした人間の軽蔑の眼差しを忘れたい
きれいな蝶々になるために
ひたすら緑色の葉っぱを噛んでいる
今日も噛んでいる
明日も噛んでいる
いつか 繭から抜け出たら
小さな彩る羽を画筆にして
世間というカンバスの上に
人間の冷たさを情熱の真っ赤に染め
沈黙を愉快な黄色に塗り替える
ユニコーンに乗る少女は
流星雨が現れる夜に海に来た
頬に触れた海風のしなやかな手は
不幸の涙を拭こうとする
少女はバラ色の約束の言葉で編まれた網で
流れ星をとろうとする
網にかかったのは
星の光りではなく
文明のゴミだけなのだ
ひととき海で放浪してウニと愛し合った
プラスチックのバラは
流星が流れる夜に座礁する
二人の刺が恋の綺麗な曲線を傷つけ
互いの幸福を痛めた(とウニは言った)
自分には椰子のような生命力が付与されていないことを
バラはようやく悟った
(しかしバラには分からないのは
自分が偽物だから刺がないことだ)
流れ星は
冒険の途中に何人の願いを背負い
そして何人の願いとともに海底で眠るのか
狭い空間の中で夢と同居する現実は
心が変わって夢を締め出した
夢は涙目で出奔し
海に身を投げることを決心した
深海に墜落した夢は
流れ星と偶然に出会い
一緒に水藻の間に錆びる日を待つ
これは流れ星と夢の宿命だ
青春は流れ星のように
瞬く間に過ぎ去った
人間はそれぞれの生を営み
心が違う形で病気をする
もう一度生きるとしたら
正気の壁をぶっ壊しても
欲望で狂気を誘き寄せても
堕落の崖(は)てから落ちても
構わない
このときを境に
明日を貸してくれる人を夢見はじめる
百年前の二百十日の夜
東京の下町に明治の匂いが漂っていた
鳥かごの中で眠っていた文鳥は
倫敦塔の屋上で
犀利な眼差しをし
逞しい翼を広げて
自由に飛び回る鷹を夢見た
英国のこの夜の月が日本の日の出のように
まん丸のだろうか
名の知らない道草は
過ぎ去った夏に虞美人草との
甘酸っぱい恋を思い出した
ともに一夜を過ごしただけで
あの傲慢な紫の女がきっと
この無名の俺より
トルコ桔梗が好き
あいつは東洋と西洋の挾間から来たんだ
俺の偏見だと言われてもしょうがないのだ
しかし 俺は本気にあの女を愛していたんだ
ヨーロッパへ密入国しようとする鼠は
故郷の待ち遠しい稲刈りを想像した
目を閉じながら
ちっぽけな頭の中で
米の粒の輪郭を描き出した
大西洋を航行する船の厨房から漂ってきた
人間のシタで溶けていく濃厚なチーズの味を
床のシタに忍んでいる鼠は
ひたすら鼻で楽しんでいた
餓えすぎて精神錯乱を起こした鼠は
吾輩は猫である ! と豪語した
祇園を通りかかる行人は
秋の涼しい空気に漂う琴のそら音を聞いた
耳に幻影の盾を構えるが
目に見えないものが真実であると信じたかった
京提灯の謙虚な明かりは
奔放に点滅するネオンランプに負けてはいない
街角の舞妓の顔と首も
西洋人と勝負がつかないほど
真っ白なのだ
都会の電車の中で揺れる三四郎は
向かいの席に座っている坊っちゃんを見て
故郷の幼なじみを思い出した
都会で泣きながら自分を見失うより
故郷で涙が出るほど大きい声で笑ったほうがいい
もうすぐ野分が吹き始める
さあ 帰ろう
故郷の門を叩いて
門内の人はずっと待ってるから
書き手は頭が痛い
草枕に首をのせ
感情も理性もゼロに戻させる
冬眠の白熊のように
じっと彼岸過迄を待つ
来年の春が訪ねてきたら
芽生えた情念の種が
炎に化して土の切れ目から抜け出て
一本の桜を燃え盛る
そのとき 深緑色の万年筆で
永日小品でも書こう
星の一回の瞬きは
人間の何年に等しいのか
人は一生で何回夢を見るのか
夢十夜のように
あなたが私を百年も待てるのか
そして私の墓で百合を咲かせるのか
東と西を明暗に分ける黎明が来たら
あなたと私のために
薤露行という挽歌を
静かに歌いあげたい
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