……ガタン、という列車の揺れで目が覚めた。どうやら長い間眠っていたようだ。霞がかかったように、頭がぼんやりとする。少し朦朧とする意識の中、列車に揺られながら街の風景を眺めた。街の中心には教会が建っている。今にも雪が降り出しそうな重たい雲を背に、教会の時計塔はぼくの腕時計と全く違う時間を示していた。この街には他に時計がなく、唯一時間を示すこの時計塔は街の外の時間を刻むことはない。狂っているのは時計塔ではなく、この街の時間なのだ。
やがて、列車は壊れ物を扱うようにゆっくりと停車した。開いた扉から吹き込んだ風が足元を通り過ぎる。その冷たさに身震いして僕は立ち上がった。窓から見えるホームに、相変わらず人の気配はない。
「さてと……」
座席に置いていたリュックを片手に、ぼくは列車を降りた。閑散としたホームを抜けて、通りに沿って歩き出す。駅から数えて九つ目の角を曲がると、その先は急な上り坂になっていた。先を見上げると、長い坂の頂上に崩れた塔のような建物が見える。そこがぼくの目的地だ。坂を上るにつれて、民家はぽつりぽつりと減っていく。やがて集落を抜け、あたりは雑木林に変わる。きれいにレンガで舗装されていた道路も、いつの間にか簡易な石畳になっていた。一歩踏み出すごとに、靴の底に不規則な石の感触を感じる。
「ふう」
僕は一つ白い吐息を漏らし、再び坂を上っていった。
昔、この地には天をも貫く高い塔が立っていた。白く細い、だが決して倒れることのない神秘的な塔だったという。何時、誰が、何の目的で立てたのかはわからない。ただ遥か昔から、それはそこに在るべきものとして存在していた。
塔は眼下の街並みを見守るかのように、丘の頂に悠然と立っていた。その塔は、いったいどれ程の年月をその身に刻んでいたのだろうか。ともすれば、人類が生まれる以前からそこに建っていたとさえ思わせる堂々たる出で立ちは、しかし、永遠に続くことはなかった。
ある年、世界は大きな戦争に見舞われてしまう。多くの街が戦渦に巻き込まれていく中、この街も例に漏れることなく、戦場の一つとなった。そして、この街での最初の空爆により白き塔は崩れ、人類は自分達の過ちを知ることとなる。約六十年前の出来事だ。
坂を上りきると、ようやく目的地の塔に辿り着いた。目の前には、地面から生えた巨大な三本の白い柱が、互いに触れることなく、螺旋を巻きながら空に向かって伸びている。だが、かつては雲の上まで届いていたであろうその塔は、三十メートル付近でポッキリと折れ、そこから先はもう何もない。ところどころかすれた感じのするその塔は、冷たい風に晒され、一層孤独に見えた。
三本の柱の中心地には、高さ三メートル、直径二メートル程の透明の円柱体が、地面に直立している。そしてその真ん中には、片手をかざし空を見上げる少女が一人、微動だにせず立っていた。雪が降りしきるこの寒空の下で、純白のワンピースに身を包んだ彼女は、名前を“水原夏子”という。
六十年前この街が空襲を受け、塔が崩れたとき、塔のあった場所を中心に、放射状に発生した光と衝撃波が音もなく辺りを包み込んだ。半径一キロメートルにわたって広がった光と衝撃波の爆発はただの一人も負傷者を出さなかったが、その代わりにこの地から時間を奪っていった。これは戦後暫くして判ったことなのだが、時間というのは一種のエネルギーなのだそうだ。空間の大きさに比例して時間エネルギーは一定に保たれ、場所の違いによって時間の流れが変わることはない。しかし、その摂理は塔の崩壊とともに破られた。塔が崩れる瞬間、周囲の時間エネルギーは塔の中心に向かって流れたのだという。
時間エネルギーが薄くなった空間は時間の進みが速くなる。最も時間エネルギーが薄い爆心地付近では、通常の二倍もの速さで時間が進む場所もあるそうだ。そして、完全な爆心地である塔の根元に集められた時間エネルギーは、周りからの時波の圧力で密度がぎゅっと凝縮され、きわめて流れにくい状態に“固着”してしまった。その結果、この地には異様に時間の流れの速い空間のど真ん中に、ほとんど固体みたいな、時間的に固まった空気と地面で出来た“柱”が残ったのだと言う。
その後、街の壊れた部分は修復されたものの、時間の狂ったこの街に人が住めるはずもなく、ついには特別保護区として閉鎖された。
水原夏子は通称“琥珀の少女”と呼ばれている。透明なガラスの柱の中に彼女一人が閉じ込められているような様は、なるほど、琥珀のように見えなくもない。ただ、琥珀の中にいる大昔の虫と違うのは、彼女は今この瞬間も生きている生身の少女だと言うことだ。
“柱”の中では時間の流れる速さは外の六十億分の一、つまり爆発の瞬間からまだ〇・三秒しか経っていない。瞬き一つする間に外の世界では一世紀が過ぎていく、彼女が生きているのはそんな場所なのだ。だから彼女はまだ、周りで六十年が過ぎたことも、戦争が終わったことも、頭上に爆弾が落ちたことさえも知らない。ただ、はるか上空にあるはずの塔のてっぺんを見上げているだけなのだ。六十年前も、そして今も。やがて彼女が異変に気付き首をかしげるのは、ぼくらにとって、もう百年程あとのことだ。そして、周囲を見回して見慣れない風景のただ中で不安に駆られるのは、さらに数百年あと。そこから歩き出そうとして、周囲をぐるりと透明な壁が囲んでいることを知って、パニックになるのがさらに千年以上あとのことだろう。まあ、その頃には科学が進んで、固着時間を解凍する方法も発明されているのかもしれないが……。
ぼくは時々想像することがある。ふと空を見上げて、それから視線を戻したら、そこは千年後の世界。家族も知り合いもなく、自分の話す言葉が通じるかさえ怪しい。そんな世界にたった一人で。
それは、あまりにも孤独ではないだろうか。
これを言うと、たいていは笑われる。みんな、水原夏子のことは、塔の下に置かれたオブジェか何かだと思っている。そうでなければ、せいぜい六十年前の戦争で死んだ人、くらいに。……たしかに、自分たちが生まれる前から死んだ後まで、ぴくりとも動かずにいるような人のことだ。生きた人間というよりは、化石か何かの仲間――そう考えるのが、普通なのかもしれない。それでもぼくが彼女のことをひとごとに思えないのは、たぶん祖父の影響だ。
ぼくの祖父は、閉鎖されていたこの街を、特別平和記念公園として開放した人物だ。他にも色々な功績を残した人なのだそうだが、そこらへんはよく知らない。祖父は職場を引退した後、公園の管理人をやり始め、当時小学生だったぼくは、休みの日になると公園の管理人宿舎に入り浸っていた。公園の掃除をする祖父のあとを、手伝いをしながらついて回り、一通り片付くと二人で“柱”の前のベンチに座って、お茶を飲みながら一休みするのが通例だった。そんなとき、ふと祖父の横顔を見上げると、祖父はいつも塔の中央に立つ水原夏子をじっと見つめていた。“琥珀の少女”が神秘的な平和のシンボルのように扱われたのは、その立ち位置とポーズがいいからだといわれることがある。丘の頂上に位置する塔の下に立ち、空を見上げていれば誰でも絵になる。天を仰いだ顔は周りからは見えにくく、人々の想像によって神秘的なイメージがさらに増すのだ、と。
だが彼らは知らない。彼女はたとえ正面から見ても本当にかわいいのだ。もっとも、その事実は祖父とぼくだけが知っている。ここ十年程、彼女の顔をまともに見た人間は他にいないはずだ。だからそれは、今はぼくだけの秘密だ。
意外と知られていないことだけど、水原夏子が閉じ込められた“柱”のてっぺんには、実は透明な蓋がされている。最初はガラスで作られ、それから何度か交換されて今は透明なアクリル板で出来ているその蓋は、“柱”の中に余計なものが入るのを防ぐためのものだ。というのも、この“柱”は、側面は金属のように硬いのに、上方向は形成時の時間圧の関係で、比較的柔らかい境界面になっており、つまりは物が入るのだ。最初にそれを聞いた時、上からロープか何かで彼女引っ張り上げられるのではないかと思ったのだが、そう簡単にもいかないらしい。たとえこちらで一時間に一ミリのスピードでロープを引き上げても、“柱”の中では音速をはるかに超える猛スピードだ。とても人が掴まれる速さではない。かといって、時間をかけていては、結局数百年とかかってしまう。それを知り、ぼくはこの“井戸”には見た目よりもずっと大きな時間的な深さがあるのだとわかった。降りることはできても、這い上がることはできない、そういう仕組みになっているのだ。
だから、とりあえず今は蓋をしておく。“柱”のてっぺんにもいくらかの反発力はあって、軽いものは弾かれるようになっているのだが、それでも積もった雪や埃が入り込まないとも限らない。だから蓋が必要なのだ。
蓋が透明なのは、水原夏子の視界を塞がないようにとの配慮だ。同じ理由で、祖父は毎日脚立を使って“柱”の上に登り、蓋の表面をきれいに磨く。そうして、時々手を止めて“柱”の中をのぞき込む。
何回か、一緒に上にあげてもらったことがある。その位置からだと、ちょうど水原夏子と正面から向き合えるのだ。一メートル下から、眩しそうにこちらを見上げる女の子。なんだか少し頼りなげで、不安そうな感じにも見えた。
あるとき、ぼくは夜中に脚立を持ち出して、一人で“柱”に登ってみた。透明な蓋の上から、水原夏子を見下ろす。月と街灯の光に照らされ、昼間とは違う濃い影のついた彼女の顔は、それでも眩しそうにこちらを見上げていて、どこか不思議な感じだった。ぼくには彼女が見えているのに、彼女にはぼくが見えていない。彼女とぼくの間にある一メートルは、短くても絶対的な距離だった。少し手を伸ばせば届きそうなほどすぐそこに見えるのに、決して触れることができない。近いようで無限に遠い。そう思うとなんだか近づくことも離れることもできなくなり、ぼくは彼女の顔を見つめたまま、何分も、何十分もじっとしていた。
不意に、下から懐中電灯の光が当てられた。夜回りをしていた祖父だった。勝手に登ったりして怒られるかと思ったら、祖父はぼくの背中をポンと叩いて、
「かわいいだろう、夏子は」
とだけ言った。
今思えば、祖父の夜回りは本当のところ、水原夏子に会いに行っていたのだと思う。
その前だったか、後だったか定かではないが、水原夏子と祖父が知り合いだったと聞かされた時はさすがに驚いた。よく考えてみれば、戦前生まれでこの街の出身者である祖父が水原夏子と知り合いであっても不思議はない。だが教科書に出てくるような昔の人と、自分の家族が知り合いだと言うのは、やはりどこかピンとこないものだ。
戦後、祖父は役人になった。苦労して市会議員のけっこう偉い人になり、付近一帯の街の復興に多大な貢献をしたという。そんな祖父の取り組んだ大きな仕事の一つがこの公園の設立で、引退後の管理人と言う立場は自ら買って出たそうだ。
ぼくの知っている祖父は、公園の管理人をしていた頃だけで、竹箒で公園を掃除しているイメージしかない。それでも時々、知らない大人の人に「君のおじいさんは立派な人だ」などと言われていれば、実際大した人だったんだとわかる。ちなみに、ぼくは祖父の小さい頃にやたら似ているそうで、「この子は将来大物になるよ」と言われ、嬉しいような照れくさいような気持ちになったのを今でも覚えている。でもいつだったか、
「ぼくはじいちゃん似だから、将来立派な人になるって」
と言ったら、祖父はどこか悲しそうな顔をして
「じいちゃんは別に、立派じゃないさ」
と言った。そして、ぼくの背中をポンと叩いて、
「お前は度胸があるからな。じいちゃんみたいにはならん」
と、そんなことを言っていた。
祖父が言う度胸には心当たりがある。ぼくには昔から放浪癖みたいなものがあって、何かの拍子に家を飛び出しては数日後に連れ戻される、ということがしばしばあった。物心ついた頃にはすでにやっていたようで、ほとんど生まれつきの衝動みたいなものだと思う。で、その度に、迎えに来た両親にこっぴどく叱られたものだけど、ぼくは懲りもせず、年々脱走距離を伸ばしていった。一度五日間ほど帰らなかったことがあって、泡を食った両親に家に閉じ込められてしまったことがあった。その時、会いに来てくれた祖父は怒りもせずに、
「旅はどうだった」
と言った。結局ぼくの放浪癖は今でも治ってない。
夜中に公園に忍び込んで“柱”に登るのは、その後も時々やっていた。小学生の時には「きれいなお姉さん」という印象だった水原夏子の姿は、高校に上がる頃には以前思っていたよりも子供っぽい、かわいい女の子に見えた。ぼくが初めてここに来てからずいぶん長い時間が経っていたが、彼女にとっては一秒にも満たない。つまり、水原夏子にとってぼくらは、瞬きの間の世界に生きる影みたいなものにすぎない。ぼくが一日中ここに座り続けてとしても、彼女の視界には一瞬も映り込むことはないだろう。それでも、ほんのわずかな残像みたいなものでも残せないかな、などと無理なことを思いながら、ぼくは夜回りに来た祖父に声を掛けられるまで、何十分もじっとしていたものだった。
でも今は、何十分と言わず、何時間でも何日でも彼女のことを見てしまう。何故ならもう、ぼくの祖父がここに来ることは二度とないから。
祖父が他界したのは、ちょうど一月前だ。風邪をこじらせて肺炎になり、一度はどうにか持ち直したものの、また急にぶり返して、結局そのまま逝ってしまった。葬儀はたいそう盛大なものだった。大きな花輪がたくさん送られてきて、街の名士みたいな人がぞろぞろやってきては、口をそろえて生前の祖父を褒め称えた。でも、祖父の本当の気持ちに気付いていた人は、たぶん誰もいなかっただろう。彼らが褒め称える祖父の生き様は、確かに何も間違ってはいない。けれど、ぼくにはそれらが祖父にとって一番大事なことではなかったように思う。
最後の日、病院で親戚一同に見守られながら息を引き取る寸前、祖父が口にした声にならない言葉。それを聞き取ったのは、たぶん、ぼく一人だ。
「――ナツコ」
祖父はそう言ったのだ。
今日、ぼくは思い付く限りの物をリュックに詰め、こっそり家を出た。心は驚くほど静かだった。
数ヶ月ぶりに訪れた特別平和記念公園の街並みは、心なしかくすんで見え、祖父がいた頃のような穏やかな空気はもうない。この街だけは、まだ祖父の追悼式をしてくれているように思えた。
ぼくはいつもの所から備品の脚立を持ち出し、“柱”を登る。透明な蓋の上には雪が積もっていた。祖父がいなくなって、代わりの管理人は立ったけれど、ここは掃除していないのだろう。雪を軽く掃った後、丸い蓋を持ち上げ、ずらした。大きさが大きさだけにずいぶん苦労したが、なんとか五十センチ程の隙間を空けた。
半開きの蓋の縁にいったん腰掛け、“柱”の上端にリュックを差し入れる。最初は軽い抵抗があったけれど、体重を掛けて下に押すと、まるで透明なゼリーの中に埋め込むような感触がして、手を離したところで止まった。荷物が全部入りきったところで手を離し、次いで右、左と、つま先から足を入れる。ずぶずぶ……と、今しがたの感触が、今度は足全体に伝わってくる。蓋に手をついたまま膝、腰、お腹と、順に“柱”に入っていく。それからぼくは、蓋の縁を掴むと、全身を一気に押し下げた。
息を止めていたのは正解だった。どろりとした空気に、一瞬呼吸ができなくなる。
そして加速……
――その日はデートだったそうだ。
昔の言い方で言えば逢引というやつだろう。六十年前の一六歳というと、今よりだいぶ大人だったはずだ。将来を誓い合った祖父と水原夏子はその日、塔の下で待ち合わせの約束をした。実家の商売の手伝いで隣町に行っていた祖父は、その足で約束の場所に行くことになっていたが、仕事の都合で帰りの列車が一本遅れてしまった。結果として、それが祖父の運命を変えた。祖父が崩れた塔の下に辿り着いたとき、そこには自分を待ち続けている夏子の姿があった。
もし自分が時間通り着いていたら、二人で手を取り合って、この“柱”の中に立っていたかもしてない。あるいは、ちょっと立ち位置がずれて、二人で崩れた塔の下敷きになっていたかもしれない。――そうするべきだった。と思い続けながら、祖父はその後六十年生きて、死んだ。
祖父が街を建て直したり、記念公園を造ったのは、なにも漠然としたみんなの幸せとか平和とかのためではない。水原夏子が戻ってくる場所を残しておくためだ。そして、彼女を平和のシンボルとして飾り立てたのは、あえて人の目に触れさせて、百年後、千年後に助けの手を呼ぶためだ。そのために、人の何倍も働いて、その分の結果を出した。でも、それだけのことをやり終えた時には、彼は年を取りすぎていたのだろう。あるいは、新しく出来た仲間や家族を振り捨てることができなかったのかもしれない。祖父は、最後まで“柱”に飛び込む勇気は持てなかった。
その代わりという訳ではないが、ぼくは“旅”に出る決心をした。この近くて無限に遠い場所に、ぼくは行ってみたいと思ったのだ。そして、大好きな祖父が大好きだった女の子に会ってみたい。彼が最後まで待ち合わせの時間に近付こうとしていたことを、その子に伝えたい。そして何より、その子のことをもっと知りたいと思った……。
……そして加速。
一瞬の滞空状態の最中、まず夜が来て、そしてまた朝になった。太陽がすごい勢いで頭上を横切り始め、やがて光の軌跡を追うことも出来なくなる。“日”の単位が判別できなくなると、次は“月”だ。月の満ち欠けのため、全体の明るさが脈打つように変化する。それも加速してよく判らなくなると、今度は“年”。四季の移り変わりに合わせて光の全体的な角度や量が変わっていく。やがてちらついていた周りの色は均一になり、ようやくぼんやりと風景の輪郭が見えてくる。
この一瞬で、外の世界では数十年が経ってしまっているだろう。学校の友達は大人になり、父や母もずいぶん年を取っただろう。あるいは、もうこの世にいないのかもしれない。朝とも夜ともつかない灰色の光景の中、周りの世界は尚も加速し続ける。
ぼくの知っていた世界は、今この瞬間、全て流れて消えてしまった。
そして、あとに残ったのは、一人の少女。頭上を見上げる彼女の目が、ぼくの姿を捉えて大きく見開かれ……
「きゃ!」
「いてっ」
ぼくは彼女の目の前に尻餅をつき、リュックが傍らにどさりと落ちた。予想以上の痛さにお尻を摩りながら、おずおずと彼女を見上げる。彼女もまた、目をまん丸にしたままこっちを見ていた。言おうと思っていたことは沢山あったはずなのに、彼女と目が合った瞬間に残らず消し飛んでしまった。たっぷり五百年ほど見つめ合ったのち、ぼくはようやく口を開いた。
「や……やあ」
ぼくのおどおどする姿が可笑しかったのか、彼女の丸い目がほんの少し細まった。わずかに首がかしげられ、口元に興味を含んだ微笑みが浮かび、そして……
ぼくと水原夏子の時間は刻まれ始めた。

