「日本人と韓国人の性格はどう違いますか。教えてください」
「韓国人は日本人と違って分かりやすい。誠実でストレートにものごとを言う。日本人は死ぬほどFAKEなのよ ->_<- 」
「ホント! 韓国人って本当に分かりやすいよ。よく観察して見て。韓国人の女は日本人の女に比べて、服の色は原色が多いの。口紅も血みたいな気持ち悪い色でね。あっそそ! 眉毛も日本人の女より少し長く描くのよ」
「日本のサービスは良い。韓国のサービスはタイと変わらない。韓国はタイを馬鹿にしているし、自己中心的な民族」
「日本の男はガリガリで軟弱そうな人が多い。気持ち悪いよ。韓国の男は体格がいい」
「どこの国にだっていい人もいれば、悪い人もいる。一筋縄ではいかないですよ」
「日本の男は皆スケベ。どうして日本にはあれほどポルノが正々堂々と出回っていると思う? 国のお偉い様も好きだからさ」
「韓国人は分からない。でも、日本人は優しいと思う。私の隆平が最高!」
「日本人って利害の有り無しで付き合う人を選ぶんですよ。自分にとって利益をもらえそうな人とどうでも良い人に対しての態度は全然違います。昨日まで仲良くしていた人でも、用が済んだら今日は見透かされる。挨拶どころか顔すら見ませんよ」
「韓国人の女性の方が綺麗だけど、日本人の女性は可愛い。それぞれの魅力があります」
「日本人女性は全然可愛くない。韓国の方が可愛くてとても綺麗」
「いいえ。エロビを見れば分かります。日本の方が断然きれいです」
「日本の男はケチ。韓国は気前がいい。デートするときは絶対女にお金を出させない」
「あたし韓国人とも日本人とも付き合ったことがある。韓国人男って最低だよ。怒りっぽいし、理性が欠けている。所構わず怒鳴りつけるわ、自分の思うままにならないと暴力を振るうわ、いつもあたしの事を見くびっている。レベルが低いだとか、教養のない女だとか平気で人の前でいうのよ。一番耐えられないのはタイのことを悪く言うこと。も〜最低! もう二度と韓国人の男性と付き合わない」
「私も日本人の方が好き。親切で真面目だと思う。私より仕事の方が大事なのはいやだけどね。でも、誠実で家族を大事にするから、いい」「日本人は感情を抑えるのが得意ですよ。思っていることをはっきり言わないところは分かりにくいけど、別にFAKEだとか…そういうことではないと思う。韓国人はうるさい。自分のことをすぐ自慢したがるし、気持ち悪い」
「私は、タイはこの世界で一番いい国だと思う。日本と韓国に見下されても、私達はあの人達よりずっと幸せだよ、きっと。あそこは物が豊かだけど、心が貧しいから」
「どうすれば日本人の彼氏をゲットできますか。教えて下さい」
「日本好きの掲示板でこんなクソスレをたてるから、結果はミエミエ」
「どこの国にだっていい人もいれば、悪い人もいる。こんなスレはやめて下さい=_=」
「ニッポン男児最高!(^///^)」
「日本の男をぎゃ〜ぎゃ〜している馬鹿女め! The Rape of Nangingを読んでみろ」
「上のコメントに賛成。昔の日本軍がどれぐらいひどいことをやったか知らないのか? あいつらは人間ではない。昔の戦争は今の日本人と関係ないだろうけど、気を付けた方が良いと思う。何かときっかけがあればすぐ化けるのさ。日本人の体の中に流れているのは獣の血だから」
「自作自演すんじゃねぇ。上の二つのコメントは同じ人が書き込んだんだろ?」
「韓国ファイティン! __ __」
「ここは日本好きの掲示板だよ。日本嫌いがどうして入ってくるの? 日本をバッシングしたいなら中国語の掲示板か韓国語の掲示板かでやって。ここを荒らすのはやめて」
「日本人は分かりにくいけど、いつまでも過去の戦争にこだわる中国と韓国も見苦しい」
「私も日本が大嫌い。中国が一番いい」
「中国汚いし、レベルが低すぎて話しにならん。大体コピー製品しかないだろ?」
「韓国も日本をパクリまくってんでしょ?」
「日本人は可愛い。私も日本を応援している。日本のファッションも文化も全部好き」
「韓国人男性は家族を大事にする。でも、他の国の人を見くびっているのは否めない。よその人を見下したりするのはどこにでもあるようなことだけど、韓国人は歯に衣着せぬから、余計にひどい。私も韓国人の男と結婚しているけど、相手の両親はね、子供を生んだ今でも、私のことを認めてくれていないの。何度死にたいと思ったことか」
「中国人は真面目で勤勉だよ。日本人がどれぐらい勤勉なのか知らないけど、俺の友達は絶対負けない自信あるよ」
「お前らタイ人か? よそのことでタイ人同士が喧嘩するのはやめろ! 見苦しい」
「中国系のやつらさ、自分達のことをタイ人だと思っていないでしょ? 一言二言ですぐ中国中国。そんなに御先祖様の国が大好きなら、とっとと帰っていけば? タイで生まれて育ったのに。恩知らずどもめ!」
「僕も祖父母が船で中国からタイに渡ってきた。しかし、僕は日本に対して全然恨みを感じていない。それどころか、日本が好き」
「上のコメント、お前はニセモノだろ? でたらめを言うな」
「俺、日本にいるけど。日本が大好きで日本人になりたい韓国人もいるぞ。テレビで見たことある」
「俺も日本人が分かりにくいと思う。日本に行く前はすごく好きだったけど、あそこに行って四年勉強したら分かった。気の置けない日本人の友人なんて出来っこない。出来るわけが無い。だから、それ以上進学しないで帰ってきた」
「そう! 私もそうだったわ。行く前と帰ってきた後の日本に対しての気持ちは全然違います。目が覚めた。やっぱりタイ人にはタイが一番いいところです」
パソコンの画面をスクロールしてネット掲示板の投稿を読んでいる僕は眉間に皺を寄せ、体を強張らせている。掲示板を読む前と比べて、明らかに心拍数が高まり心臓がドックンドックンと激しい踊りをおどっている。そして首筋にいつもの変な感覚が現れた。寒いのか暑いのかよく分からない不思議な感覚だ。ネット掲示板で日本バッシングを読むときにいつも現れてくる。頭の中に存在する僕と僕が盛大に議論して、異空間であるインターネットの向こう側にいる相手の意見へ突撃する準備を進めている。それは違うのだとすぐにでも反論したかった。でも冷静にならければならないと、頭の中にいるもう一人の僕が言った。これは戦だ。少しでも相手に反論の余地を与えてはいけない。いつからだったか僕自身もよく覚えていないが、一人でいるときはいつももう一人の僕が現れてくる。二人はしゃべったり、一緒に同じことを考えたり、悩んだりする。
よくあることだ。日本に関する掲示板は何処も彼処も嫌日の人達に荒らされる。どこの掲示板も日本に関する話題があがったら、必ず日本を批判する人が現れる。政治、歴史、経済、宗教心、恋愛感覚、人間関係、料理、テレビ番組、お笑いのセンス、漫画市場、どんな話題でも例外なく。日本のテレビ番組をほめる人が出てきたら、日本のいじめ問題だとか自殺率だとかポルノだとかを持ち出して、話題と関係のない批判をする。これらの批判の声は僕の体を戦闘態勢に変える。日本好きな人達との交流を求めてネット掲示板に参加した僕にとって、日本のバッシングは不愉快を与える邪魔なものでしかない。僕ともう一人の僕が血を沸騰させながら、考えを巡らせる。
考えがまとまって来たところで聞きなれた足音がだんだん近付いてきた。シロが帰ってきたんだ。玄関のドアが開いたとたん頭の中にいるもう一人の僕が瞬時に姿を消し、どこかに身を隠した。「
ただいま」
相変わらずの大きな声で、シロはにっこりとした笑みと共に自分の帰りを告げた。
「うん、お帰り」
「何やってるの、クロリン」
「ネット…。クロリンじゃないし」
「勉強しろよ! 勉強!」
「わぁってるよ。ぅるさいなぁ。…飯食った?」
「いや、まだ。薬を飲まなきゃ」
「んとねぇ〜、今日は野菜炒めがあるよ。玉子焼きとお粥を作ってあげるからちょっと待ってて。てか、先にお風呂に入る?」
シロが帰ってきてくれたおかげで僕が我に返って、先ほどの首筋の不思議な感覚が瞬時に消えた。一時休戦だ。パソコンから手を離して、僕はミニキッチンに立った。「お前、俺の妻かっ!? は?」
シロが意地悪のニヤっとした笑いを浮かべて、ご機嫌そうにそれを言う。シロのこんなからかいにはもうとっくに慣れているので、僕は何も言い返さなかった。人の親切をこんなくだらない冗談で返すんじゃないと思いながらも。
シロは僕のルームメートだ。同じ部屋で一緒に暮らす他人、いわゆる、ルームシェアの仲間。歳は僕より七つも上だが、同じ大学に通っていた先輩。シロはすでに卒業して仕事をしている。
シロの基準からすれば僕は女々しい男の子に見えているようだ。常に謙虚でいて、男らしく振舞うことは紳士を気取っているシロのモットーらしい。その実践されていないモットーとシロの身勝手な基準で一方的に女々しい男に決め付けられている僕は何度となく馬鹿にされている。シロは男らしいといえば確かにそうだが、もっと正確にシロを品定めしようとすれば、「男くさい」が相応しいのではないかと僕は思う。シロはよく言われる韓国人男性の典型的な人だ。よく豪語するし、スィッチが入ったら所構わずお国自慢がオンパレードするところから見れば、自分が謙虚だと思い込んでいるシロの絶対的な自信は体の何処から湧き上がるのやら不思議でならない。身長は僕とほとんど変わらない小柄の男で、大して体格が良いわけでもないが、年相応の小太りな体の輪郭を描く直線に近い緩やかな曲線は何処かしら逞しくて勇ましい印象を与える。寒い国出身の人特有のきめ細かな白い肌と、ふっくらと柔らかくて噛んだら美味しい肉汁が出てきそうな肉付きとは裏腹に、彼の筋肉はすごい。引退して少しだらしなくなってきたプロレスラーの体もこんな感じなんじゃないかと僕は勝手に想像している。一緒に暮らし始めた最初の頃、少しだけ弛んできているシロの大人なへそまわりに僕はシロの大人の精神的な成熟さへの期待を抱かせられていたが、実際のところシロはそれほど大人でもなかった。僕に言わせれば、シロは子供嫌い大人を演じている子供だ。しかしそれは、同じ屋根の下で暮らしているからこそ見えたシロの一つの顔にすぎないかもしれない。会社で、教会で、外の世界で、シロもまた別の顔を持っているのだろう。
「先にお風呂に入るね」
子供に語りかけるような口調でそう言って、シロは僕の前で服を脱ぎ始めた。全部脱ぎ捨て、パンツ一丁の姿で薬を飲んで、お風呂に向かった。
「タオルを忘れてるよ馬鹿! お風呂の中で体を拭きなよ。濡れたままで出てくるな」
「兄貴に向かって馬鹿っていうな! アホ!」
「馬鹿が嫌なら、今度はアホ! たわけ! 腑抜け! stupid! idiot! どれかにしておく」
「ダーリンでいいよ、クロリン。ニヒヒヒヒ」
自分が勝ったつもりで、シロがまた満面の笑みを浮かべて僕を笑う。
「もうさっさと風呂に入って下さいよ、馬鹿ちんが」
「お前、殴るぢょ! 年上に向かって、何だよその口のきき方はぁ」
「分かりましたよ。お風呂に入って下さい」
「アイゴー! 反省の色がないね。出てきたら、本当に殴ってやる」
そんな言葉を言い残して、シロがタオルを手にとって風呂に入って行った。シロのこのような茶目っ気たっぷりでからかいながらも、常に年上として上目線から見下ろしている態度は僕を混乱させる。シロに対してどう振舞えば良いか分からなくなることは多々あった。年上のシロに敬う心を見せながら、失礼の無い冗談を言えるほどの器用さは僕に備わってないみたい。シロを本気で怒らせてしまったことは数えられないほど。怒る度にシロはいつも顔を赤くして僕の目を見ながら、大きな声で真剣に叱る。気持ちがおさまったら、すぐにいつものシロに戻る。普段は一方的だから、喧嘩にならないけれど、僕がもう一人の僕に何かを言わせられたら最後だ。そういう時は決まって大喧嘩になり、二人は口をきかなくなったことも何度かあった。
大学の時代から二人は仲が良かった。ルームシェアするなら、日本人がよかったけれど、日本語が上手いシロでも日本語の練習相手になるだろうと思って、僕のほうから誘った。ルームシェアしたくなるほど仲がよくなったきっかけは二人の誕生日だった。僕とシロの誕生日は同じ五月三一日。年が違うとはいえ、同じ日に生まれた人と友達になるのは、僕にとってシロが初めてだ。というか、シロしかいない。世の中に僕とシロのように同じ日に生まれた人同士が偶然に出会って、知り合いになるのはそれほど多くないだろうと僕は思う。実際のところはどうなのか知らない。知るすべもない。考えてみたら、不思議なものだ。一日にこの世界に生まれてくる赤ちゃんは何十万人もいるはず。さらに、異なる年の同じ日日に生まれた人の人数なら、それの何十倍もなるはずなのに、あれほどの人数の人たちがこの世の中ですれ違って生きている。
はじめのころは離れた年齢のせいで先輩後輩的な付き合いだったが、ジブリのファン同士であることもあり、二人の会話が途切れなく弾むので、仲良くなるまでは時間がかからなかった。しかし、二人の仲がよくなった後も誕生日のことはすぐには気が付かなかった。昔の韓国は旧暦のカレンダーを使っていたので、自分の新暦の誕生日を知らない韓国人が多くいるらしい。シロもその一人だった。シロからその話を聞いて、何となく可愛そうだなと思って、僕がインターネットで調べてみたら、二人の誕生日が一緒だったということが分かった。それが分かった瞬間、僕の中からシロに対して何かの特別な気持ちが湧き出た。びっくりした気持ちと言い様のない喜びが混ざって、僕には運命的なつながりが感じられてならなかった。今こうしてルームシェアをしているのもその運命的なつながりを信じたいからに違いない。
約十五分後腰にタオルを巻いて風呂から出てきた瞬間、シロとともに水気も石鹸の匂いも風呂から漏れて出た。白い肌に水滴が伝って、ぽとりと音を立てて床に落ちる。
「濡らすなって。ちゃんと拭いてよ〜」
僕はあきれた声でうったえた。
「ご飯出来た?」
「ちゃんと体を拭かなかったら、辛くしてやる」
「いいよ。中辛にして」
「馬鹿だね〜ホントに。もうあきれてものが言えない」
「お前ぺらぺらしゃべってるじゃないか。うるさい」
「仕事どうだった?」
「どうもこうも。普通だよ。お前の勉強は?」
「普通です」
「何が普通だよ! サボってたんだろ? ゲームばっかりネットばっかりして。お前、外語大のレベルを下げるなよ」
とシロの口からまた僕をキレさせる言葉が出た。シロはいつもこうやって僕を怠け者にしたがる。頭の中にもう一人の僕の声が響いた。
「またかよ! お前また馬鹿にされてるんだぞ。何か言い返してよ!」
それがきっかけとなって、僕は…。
「は〜い、飯出来たよ。ほら、ポチ。飯だぞ!」
犬を呼ぶしぐさして、皿を床に置いてやった。咄嗟に出た自分の行動に僕自身も驚いたが、平常心を装った。
「ワンワン! アリガトワン! …ってポチじゃねぇ!」
ノリつっこみの後に訪れた拳骨はかなり強烈だった。
「ぃたいよぉ〜! 飯を食わせてやってんのにぃ…」
「お前って本当に最低なやつだな。絶対地獄に落ちる」
「ちぇ! ちゃんと勉強してたもん。俺サボってないからね」
「だから何? 俺のことを犬扱いしてもいいのか? お前韓国にいたら、殺されるぢょ!」
眉間に皺を寄せて、シロは真剣な顔で僕を叱った。韓国人風訛りで思わず噴出してしまいそうだったが、それは流石にまた喧嘩になってしまうので、
「はいはい! 私が悪うございました。ごめんなさい」
って適当に謝った後、拳骨がまた飛んできそうだった。
「飯がまずくなるから、今はやめておく。後で絶対殴ってやる」
「もういいよぉ。仕事で疲れてんだろ? 僕のことなんか構わなくていいから」
「………」
何も言い返さずに、シロはご飯を食べ始めた。無言で返されるとなぜか不安な気持ちになって、悪いことをしたという自覚が僕の中に現れ始めた。今度は真心を込めて、シロに反省を示さなきゃと思った。
「ごめんなさい」
「………」
「怒ってるの? 兄貴。ごめんね。僕が悪かった」
「………、ふん!」
「だって、さっき僕の言うことを聞いてもらえなかったから、つい…。ちゃんと勉強してたし、ホントにサボってないからね」
「………」
「なぁ、ごめんなさいってば」
彼に近付き、横から顔を見ながらそう言った。
「お前って本当に子供だな。自分が何歳だと思ってるの?」
「どう? ご飯美味しい?」
「アイゴー、人の話を聞かないの?」
「兄貴だって僕の話を聞かなかったでしょ? 同じだよ」
「本当に俺のことを兄貴だと思ってる?」
「思っているよぉ」
「思ってない。口だけだよお前は」
「もう〜」
「もう〜じゃない! 全然反省していない」
「…しているってばぁ。ごめんなさいねホントに」
「もういいよ。飯がまずくなるから、あっちに行け。しっしっ! ていうか、もともと美味しくないし。何だ? この野菜炒め」
「………」
今度僕が無言になった。何を言ったらよいのか分からなかった。全部僕のせいだったかのように言っているシロの態度はどうかと思う。こんなどうしようもない会話と、どうしようもない怒られ方に対しての嫌な気持ちは一瞬にして急激に嵩を増した。謝っても聞いてもらえないなんて、どうしろというのだ。
シロに背を向け、再びパソコンの前に座った僕はシロのことを忘れるためにさっきの掲示板に没頭しようとするが、巧く出来なかった。これは人間の本性なのだ。この腐っている人間社会の本性なのだ。同じことなのに、自分達が他人にしてもいいが、他人にされたら腹がたつ。何処までも自己中心で身勝手なのは人間だ。機嫌が悪いとき、僕はいつもこのように物事を悪い方向にもっていきたがる癖がある。人間嫌いという鎧を作って、人間関係がうまくいかなかったことをそのせいにすることで、少しは気休めになる。その悪い癖に気づいていても簡単には治せない。まったく人間というのは、不器用なものだ。
ネット掲示板の投稿をもう一度読み直した。さっき読んだときと比べて、冷静に読めるようになった。心拍数が高くなることも首筋に現れる変な感覚もない。反論の投稿をする前に僕はまた頭の中で自分と会話をして、もう一度考えをまとめようとした。悲惨な戦争が韓国と中国人に悲しい想いと心の傷跡を残し、今でもその傷が癒されていない。だから、彼らは日本のことをあまり好きになれない。それは当たり前だと分かっているし、ここら辺の国々の関係は簡単には良くならないと何となく分かるつもりだった。傍観者の立場から見ているので、結局僕は彼らの痛みを分かってあげられなかあったのは残念だけど。しかし、それは当たり前のことで、他人の体にある傷の痛みが僕の体にも伝わってくるはずがない。頭で想像してどんな痛みなのか理解できても、その痛みを共有できることは絶対にない。僕はそう思っているが、実際のところその痛みは色んな人に伝わっている。そして、その痛みが憎しみを広げている。タイ生まれ中国人の子孫とタイ人韓流ファンに日本好きタイ人へのよからぬ感情を持たせてしまうほどとはその恨みと憎しみがあまりにも凄まじい。その凄まじい恨みはインターネットを通して伝染病のように広がり、戦争と無関係な人の心にあるはずのない憎しみを振り撒いて、争いの種を植え付ける。
中国の歴史にこだわっているタイ生まれ中国人の子孫が、ネット掲示板で「邪悪な日本を好きになるな!」運動をして、日本より韓国を応援したい気持ちがあまりにも強すぎる韓流ファンは日本の悪口を言い触らす。それを対抗するために日本の肩を持つ人たちは韓国と中国の悪口を言う。その他、タイ人に愛国心を植えつけたい人たちもいれば、ただただ他人のバッシングを楽しんでいる人もいる。こんな人たちがネットで口論を繰り広げると、死ぬほどくだらない内容のスレッドが出来上がる。
あれこれ考えながら、僕はもう一人の僕と打ち合わせた通りに投稿した。主な内容は日本のバッシングへの反論だった。少しだけでもいいから、日本のことを正しく知ってもらって、理解してもらおうと思った。投稿が終わって、ほっとするため息をついたら、後ろからシロの声がかかった。
「まだネットをやってるの? クロリン」
「…う…うん。びっくりしたぁ〜」
「うわっ! それタイ語?」
驚いているような表情で言ったシロに僕は、
「何驚いてんの。何度も見たでしょ? 」
と目を細めてぼそぼそ文句をつけた。
「あっそ?」
「あっそ?って何だよ! 意味分からんわ」
目をさらに細め、頬を膨らませて、いっぱいいっぱい呆れ顔を演じた。内心はすごくほっとしている。その気持ちの表れなのか、唇が自然に笑う。
「何を見ているの? 見せて」
「見ても分からないでしょ。タイ語を読めるの?」
「こんなミミズみたいなのを読めるわけが無いじゃん」
思いきり彼の耳にデコピンをしたら、シロが豪快に笑った。
「ウハハハハハハハ! 痛いよこの野郎!」
「意地悪な人、ていうか失礼だよ」
「あっそ? 不満なの?」
相変わらずの子供に語りかけるようなシロの口調から僕は言いようの無い暖かさを感じた。
「さっきの野菜炒めは本当に不味かった?」
「まずくはないよ。美味しかった」
そう言って、またお茶目な笑顔を見せた。
「仕事大変だった?」
「まぁね。ほら、日本人ってあまり外国人を認めないじゃん。威張っているし」
不意に突かれて、目に見えない衝撃波が僕の心臓に向かって激走し、ショックを与えた。顔が完全に麻痺している。
「そうかな。人によるんじゃない?」
辛うじて返事を返したら、シロは更に付け加えた。
「お前働いたこと無いから分からないだろうけど、日本人と一緒に仕事をしてみ?」
「んまぁ、いいや。そうかもしれないね」
シロとだけは言い争いを避けたい。頑張って自分の意見を言ったところで、耳を傾けてもらえそうにないから。
「兄貴は日本が嫌い?」
聞きたくもないことを口にしてしまった。
「嫌いじゃない。俺の彼女も日本人でしょ? 日本の批判もしていないし」
「さっきは?」
「批判じゃない。事実だもん。俺はぁ日本の社会をよく観察して、分析とかもしているから分かるんだよ」
「ふぅ〜ん」
その言葉で心を痛めたが、また平常心を装った。シロも一億人の心を一言二言でまとめて言い表せると思い込んでいるのだ。
「んまぁ、言っている事はぁ、分からなくはないけどね」
てきとうに言った。
「またてきとうに言っただけだろ? お前」
見事にシロに見抜かれた。
「違うよ。本当だもん。僕だって、これほど日本に長く住んでいるのに、日本人の友達がいないでしょ?」
慌てて言った。
「なんかこう…形だけの友達ではなくて、親友って呼べる人が兄貴しかいないんだよ。日本人と友達になりたいのに、なかなか受け入れてもらえていないのは事実だもん」
「それは、お前が悪いからだろ?」
「はぁ〜?」
逆に批判されて訳分からなくなった。
「本気で言ってんの? それ」
「うん、本気。俺は一度も嘘をついたことがないんだよ」
「………ったくも〜ぅ」
「も〜ぅじゃない! お前本当に性格が悪いもん。子供だよ! 子供!」シロはしつこくそれを繰り返した。彼の言ったことは全くはずれた訳ではない。僕自身も自分が大人になりきれていないと思っている。シロが子供嫌い大人を演じる子供だとしたら、僕は子供になりたがる大人を演じている子供だ。
「飯を作ってあげているのに? それでも俺の性格が悪いの?」何だか投げ出したい気分になった。
「悪いよ。ただお前が気付いていなだけだ。口が悪いし、年上に向かって生意気なことを言うだろ? 愛がないんだよ! 分かる?」
また始まった。このクリスチャン野郎やめてくれ!って思わず叫びたくなった。必死に自分の気持ちを抑えて、話題を元に戻した。
「ホントだってば! 読売新聞がさぁ、そんな記事を載せてたんだよね。何だったっけ。日本には留学生がたくさんいるでしょ? その留学生たちに日本の政府もたくさん奨学金を出しているっしょ? けど…、その記事はね、…まぁ正確に内容を覚えていないんだけどね。なんか、日本がたくさんのお金を使って日本嫌いな人達を育てているんだってさ。なんだろう…最初は日本に憧れていても、日本に来て生活してみたら、逆に嫌いになる人も少なくないみたいです」
少しずつ言葉を並べていくうちに気持ちが落ち着いてきた。
「だから、こう…何ていうの? 日本が好きだけど、僕も日本人ってホントに分かりにくいと思いますよ。思っていることをそのまま言葉にしないからややこしい。人として他人と向き合う力があまりないというか…、付き合いが下手なんだよね、きっと。だから、友達がいない人がこんなに多い。どれ位多いか知らないけどね。へへへっ」何を言いたいのか自分も分からず笑ってしまったが、僕はさらに続けた。
「なんか…皆が自由になりすぎてるし、変なことがたくさん起きているんでしょ? 悪いことをはっきりと悪いと言わないしね。親が子を殺しても、子が親を殺しても、テレビのキャスターとかコメンテーターはだいたい「私には理解できない」みたいなことしか言わないじゃん? それが駄目と思う。タイでは絶対あり得ない」
「ふうん、クロリンはそれが駄目なんだ。そうだね、韓国もあり得ないよ。日本人ってあまり責任を取りたくないから、曖昧なことしか言わないでしょ? 無責任じゃん。韓国にひどいことをたくさんしたのに、謝ってもいないし。若い人たちは何も知らないでしょ?」返ってきた言葉を聞いて、自分が日本を批判していることに気づいて、妙な気分になった。
「だめっていうか、僕の意見を言ってるのではなくて、僕はただよく言われてることをそのまま述べただけですよ。だめだって言ってないじゃん。言ったっけ? てか、だいたい何しに来たの?」
「いや、クロリン何しているのかなって、それだけだ」
「ふぅん…もう怒ってない?」
「怒ってなんかいないよ。馬鹿じゃないの?」
「んじゃ、さっきは何だったんだよ! おい!!」もう一人の僕が心の中で声を出さずにつっこんだ。
「良かった。また口をきいてくれなくなったら、今度はホントに寂しくて死んでしまうかもしれないと思ったよ」ご機嫌を取る笑みを浮かべてみた。
「ふん! お前本当に友達がいないんだ。教会に来ればいいのに」
「今度ね」
「アイゴー、本当に愛のないやつだな」
「愛してるよ兄貴」またご機嫌を取る笑顔を作って、笑って歯を見せたが、
「でたらめばっかり言って!」デコピンされた。
その後、二人はしばらく他愛のない話をしたが、明日も早起きしなければならないと言ってシロが先に布団に入った。シロが寝た後、僕はしばらくネットをいじながら、色んなことを考えた。隣で寝ているシロの顔を見て、申し訳ないと思った。シロは僕がネット掲示板でどんなことをしているか知らない。知っていたら、こんな仲良くしてもらえないのだろう。そう考えると余計に気持ちが重く沈んでゆく。僕はしばらくネットから離れようと決心した。電気を消して、自分の布団に入る。シロに向かって小さな声で呟く…。
「クロリンって呼ぶの…やめてよね。…マジで」

