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留学生文学賞受賞

サラム

シリン  ネザマフィ

Shirin Nezammafi  女性  イラン  1979年生まれ
2006年3月神戸大学自然科学研究科修士課程卒

サラム

こんなに朝早く起きるのは久しぶりだ。朝の授業を取らなくなってからは特に怠けるようになった。あんまりにもギリギリに起きたから化粧もまともにする時間がなく、髪もきちっとまとめていない。仕方がなく電車の中で両方を直そうと化粧ポーチと鏡をカバンに押し込んで出かけたけど、電車に揺られている今はだらしなくてもいいんだと思うほど眠気に襲われている。

目を開け続けることは一苦労だ。早朝の優しい日差しが窓のブラインドから肩と腕を優しくなでる。暖かくて気持ちが良い。このまま、眠りたい。体を車体の揺れに任せていると、電車のリズミカルなガタンガタンという音が子守り歌のように眠りに誘ってくる。

今日行くところは始めてだ。正確な場所は知らないし、弁護士と一緒じゃないと一人では入れてもらえないから、まず弁護士の事務所に行ってから一緒に車で向かうことになっている。直接に行けず遠回りしないといけないため、こんな早朝に起きざるを得なかった。

前に立っているサラリーマンの腕の隙間から向かい側の席に座っている女の子の姿が見える。深い眠りに入っている。首が横に倒れ、電車の規則的な動きに合わせ、顔を覆う髪が揺れる。半開きの口の端から細長いよだれの線が肩まで流れている。目玉が目蓋の下でキョロキョロと激しく動く。眠っている間、目玉が激しく動くのは深い眠りに入っている証拠だと聞いたことがある。身につけている服装は学生っぽい。実家が大学から遠いのか、それとも部活の朝練のためこんな辛い思いをしているのか。

大きくあくびをした、人の観察に少し飽きた。今から行くところをもう一度思い出した。どんなところなんだろう。色んな人からチラホラと聞いているけど、はっきりと想像がつかない。刑務所のようで刑務所ではない。収容所という呼び方の方が適切だと言う。でも何が違うんだろう。一時的な収容所のはずだが、長居させるケースもあるらしい。とにかくすごく悪いことをしている人達の収容所ではない!ちょっとだけ悪い人達の居場所かな。事務の金子さんは「悪いことをしていない人達の居場所だけど、悪いことをしたように思い込ませる場所だ」と熱く語る。比較的冷静な田中先生が単に「外国人の収容所だ」と説明した。どういうところかは気になるけど、その場所がどうこうというより、外国人として外国人の収容所に足を踏み入れるのは正直少し怖い。

横で爆睡している小太りのおっちゃんの腕時計を覗いた。七時前だ。まだまだかかる。こんな遠いところ、こんな朝早く、本当は断りたいところだけど、時給が素晴らしすぎて文句は言えない。時給これぐらいですといわれたのはこれがはじめてのことだった。額を聞いた瞬間驚きのあまりに目玉が飛び出そうになって、心臓がバクバクし始めた。興奮した声で「やります!引き受けます!」とほぼ叫んだとき、朝起きるのが弱いんだということは脳みその奥の奥にもひっかからなかった。

面会

田中先生が面会用の申込書を二部書いて、受付のような小さな窓口の後ろに座っていた男性に渡した。数分後正面の分厚い鉄のドアが開き、背が高くがっしりした警官がその中から現れた。日本人と思えないほど体格がよく、筋肉は制服を破り出そうなほど隆々としていた。彼は「こちらへどうぞ」と言い、私と田中先生がドアから入った後、後ろから入ってドアを閉め、鍵をかけた。ドアの向かい側は細長い通路だった。通路の両側に鉄製のドアと所々小さな窓があっただけで全体的にとっても暗かった。外の光があんまり届かないため、いくつかの小さなランプで目の前が見える程度に明るくなっていた。朝なのに暗い。この通路は夜になるとホラー映画のように怖いに違いない。大柄な警官は私達を通路の両側に並んでいたひとつの部屋に案内した。ここはロッカーの部屋だ。すべての荷物をここのロッカーに預けるようにと言われた(この建物に入る前に一度チェックがあって、カバンの隅々まで調べられた。携帯や鍵などを階下で預けたからこのまま面会の部屋に入れると思っていたのに、またフィルターがあるとは…)。田中先生は不満そうに独り言を言う。持ち出す必要がある書類が多すぎて、カバンを持てないことがとても不便そうな先生は眉間にしわをよせながらカバン内部のものをひっぱり出す。カバンがチェックされると知っていれば、あのキラキラピンクの化粧ポーチや予備のストッキングなんて入れてこなかったのに。おまけに鼻炎なので、カバン内はいつも鼻をかんだ使い古したティッシュだらけ!ガードに見られて恥ずかしかった。

私は必需品の辞書と筆箱を持ち部屋の外に出た。田中先生はカバンを持ち出せるかどうかで警官と少しもめた後、分厚いファイルと筆箱をカバンから取り出し、諦めたカバンをロッカー内部に入れ鍵を閉めた。その後、大柄な警官に案内され、廊下を少し進むと違う警官が前に現れた。田中先生と挨拶を済ませた後、前にあったドアの鍵を開け、私たちが入れるように身を除けた。田中先生に続いて部屋に入った。さらに、私たちに続き大柄な警官も入りドアを閉め、ドアの前に立った。

案内された部屋は比較的小さく、建物全体の雰囲気と同じく灰色だった。真ん中でガラスが仕切られ、二部に分かれていた。そのせいか部屋全体はより小さく見えた。ガラスの前に三脚の椅子があり、田中先生は端っこの椅子に座った。私は田中先生とひとつ席を空け、最後の椅子に座った。しばらくして、ガラスの反対側のドアが開き、一人の警官が入ってきた。

軽く会釈をし、後ろを振り向いて、手を動かして「入って」という合図をした。すると警官の後ろから、下を向いた細身で中背の女の子が静かに入ってきた。民族衣装のようなカラフルでダボダボな服装を身にまとい、髪にはキラキラ模様が入ったカーキ色の長い布を巻いていた。草原人のようで、今となっては映画でしか見られないような雰囲気の人だった。警官は彼女にガラスの反対側にあった唯一の椅子を見せた後、ドアの前に戻った。彼女は私達の方を向かずに下を向いたまま、ガラスの反対側の席に座った。顔が下向きのまま、無言で両手を膝の上に置いた。人見知りをするかのよう、私たちと目を合わせなかった。

田中先生が声を整え、セッションが始まった。

「サラム!」ダリ語の挨拶で親近感を沸かせたいと会話を始めた田中先生の足元に眼をやると分厚い透明なファイルが置いてあった。その中にカラフルな色使いで「世界の挨拶」と書かれた子供用の薄っぺらな本が入っていた。

彼女は顔を上げずに頭をさらに少し下げた。

田中先生が私を目の下からチラッと見た。「通訳を頼むぞ!」という合図だった。

「田中です」先生は少し緊張している声で続けた「もうすでに説明を受けていると思うけど、僕は今日から君の弁護をする。怖いことは何もないから一緒にがんばりましょう」日本風のまとまった挨拶で、ようやく言いたいことが言えたようなほっとした顔で腰の位置を整えて座りなおし、私の方を向いた。言葉を訳そうとし始めたところ、田中先生は重要なことを思い出したかのように突然椅子から立ち上がり、独り言のように「あ、ちょっとごめん!」といいながらコートの内ポケットから一枚の名刺を取り出し、ガラスの小さい穴から向こう側に滑らせた。彼女は田中先生のこの突然の行動で驚きを隠すことができなかったのか一瞬顔を少し上げ、私たちの方に薄い眼差しを送った。

一瞬のことではあったが、顔を見た途端不思議な気持ちになった。光が消されたような、曇った無表情の目はとっても生き物の目には見えない、透明なプラスチックで出来ているおもちゃのようだ。何の動きも無いこの静かな目で本当に見えるのだろうか。

「あ、お願いします」田中先生の声で我に戻った。発音の違いで聞き取れない場合もあると聞いていたため、ゆっくりと田中先生の眼差しの下で彼の言葉を訳した。 彼女の方からは何の反応もなかった。ダリ語を久々に聞くとうれしくなるだろうと予測していたのに。反応がなかったため、田中先生は少し疑うような横目で私をチラリと見た後、続けた。 「一緒にがんばるため、まず君は私の質問にすべてちゃんと答えないといけないんだ。色々聞く必要があるから少し辛いかもしれないけど、君のためになるから頑張ってほしい」 彼女はまたしても無反応だった。田中先生は横目で疑いながら私を見た。静かに「ちゃんと訳しました!」と弁論した。

彼女は頭に巻いていた長いカーキ色の布の先を膝の上に置いた片手で取り、布をもう片方の手の指の周りで回し始めた。日焼けした手の表面にはしわがたくさんあり、指のところどころはひび割れ、皮膚が硬くなっていた。短い爪の間にはアカが溜まり、黒ずんでいた。ハンドクリームという言葉なんてとても聞いたことがなさそうな手だった。 指で遊びながら田中先生や私の言葉を聞いてない様子だった。先ほど田中先生が慌ててガラスの隙間から滑らせた名刺には目もくれず、そのまま放置していた。田中先生は透明プラスチックのファイルから分厚い書類を取り出し、その内部にあった質問表に目を通した。

「名前はなんと言うの?」先生の言葉を彼女に通訳した。短い沈黙の後、聞こえづらい声で「レイラ」と返事があった。雰囲気に似合わずハスキーな声だった。本人は知るはずもないが、大学の男子生徒が好きそうなセクシーな声だ。彼女から反応があった瞬間、田中先生は突然まっすぐな姿勢になって嬉しそうに彼女の方を見つめ、そして質問表を見返した。古い携帯のバッテリを新しく入れ替えるように、田中先生の声が突然元気になって早速次の質問を切り出した。

「名字は?」

「ゴラムアリ」

「生まれたときは?」

「夏」

「あのー、日付とか年を聞いているの」田中先生は私の方を向いた。

生年月日という単純な言葉が脳みその奥から完全に消えていた。慌ててずいぶん前に購入していたダリ語の辞書をかばんから取り出し、生年月日という言葉を捜した。生年月日という言葉をダリ語で見つけ、もう一度質問を繰り返した。

辞書を閉じて、顔を上げたら、私の言葉探しの動作が面白かったのか、いつの間にか彼女はずっと下を向いていた頭を上げていて、あの不思議な目で私を見つめていた。その無表情な目と目が合った瞬間、思わず鳥肌が立った。

「知りません、お母さんから夏に生まれているとしか聞いてません」再び目線を下に落としながら答えた。

改めて見た顔はかなり日焼けした肌に筋の通った綺麗な顔立ちだった。目の周りや口周辺には小さなしわが目立ち、口を動かして喋るとしわがさらに深くなる。まだ一〇代のような子供っぽい顔つきをしているのに、肌の状態は三〇年以上うえに見える。こんなに若いのに働き詰めの中年女性の肌よりもひどい状態、一滴の水分もない乾いた肌だ。 田中先生は困った顔で「今何歳か知っている?」と聞いた。彼女は両眉を上げた。

「多分一七か一八!」

「どっち?」田中先生は自分の年さえ知らない人をどうやって弁護すべきかと、声が少しいら立ち始めた。

「知らない、お兄さんが一七と言うけどお母さんは一年上だよといつも言ってた!」

田中先生は困惑した様子でドアの前に立っていた警官に助けを求めた。警官はなれた様子で

「結構年齢不詳の人は多いですよ。ちゃんとしたIDカードやパスポートなど持ってませんからね」

「そっか、困ったね」田中先生は片手で頭を抱えながら、体を少し傾け、もう片方の手でズボンのポケットから小さなタオルを取り出し、おでこの汗を拭いた。

「適当でいいと思いますよ、みんなそうしてますから!」警官がまたもやなれた口調で提案した。

「そっか!じゃ、とりあえず一七にして…いや…母の言葉を信じて一八だとして…」

田中先生は前に置かれていた紙に何かを記入した。

「どこで生まれたの?」

「マザーシャリフ」彼女は聞こえづらい低い声で答えた。

「マザーかー、大変だったんだろうね」田中先生は目の前の書類に目を通した。

「君はハザラーだよね?」

彼女は少し間を置いた後、無言で頭を小さく下げた。

「そっか!」田中先生の独り言が聞こえてきた。

「両親は今どこにいるの?」

彼女が下を向いたまま「母親は死んだ!」と答えた。

「あ、それは失礼。残念だったね」田中先生は書類に何かを記入しながら悲しみの言葉を添えるのを忘れなかった。私は田中先生の独り言のような言葉をいちいち訳す必要はないと思った。

「父親は?」田中先生の質問を訳したとたん、彼女は突然顔を上げた。あの無表情な不思議な目で私をじーっと見つめ始めた。その目が見たことのない薄い色をしていた。茶色でもなく灰色でもない。頭に巻いていた布に影響されたのか、カーキ色に見えた。田中先生は彼女の心配の元を察知するレーダーのように、すぐに付け加えた。

「知っていると思うけど、私たちは友達だよ。助けるために来ているから安心して話してください」訳しながら、自分が知らない人の友達の輪に追加されたと思った。手にはクリームを塗らない年頃の娘の友達はどういう人たちなのだろうか。暇な学生とぽっちゃりした弁護士か!

「父は今パキスタンに居ます」

布を指の間に回すことをやめた。無表情の目の光が消されたまま、何の動きも無く遠いところを見つめていた。

「何しに行っているの?」

「知りません!」

「父親の仕事は?」

レイラは下を向いたまま無言で数分が経った。父親についての質問に答える気は無いようだった。田中先生は深いため息をはいた「知っていることを教えてくれないと何もできないよ」

彼女の方から反応はなかった。父親についての情報を譲るつもりはなさそうだった。

「兄弟はいる?」田中先生は父親の話を諦め、話題を変えた。

「兄が二人」

「お兄さん達は今どこ?」

「一人は死んだ。もう一人は父親のところにいる」

「あ、失礼。どのようにしてなくなったのか、教えてくれる」

「戦争で、爆弾の破片が頭をぶち抜いたらしい。死体は見てないけど」彼女の口から流れる実の兄に関してのこの淡々とした冷たい表現を訳すとき、背中に冷汗が流れた気がした。

「あ、そうですか。では父親と居るお兄さんは何をやっている?」

「父親を手伝っている」

「何をしているかを教えてくれない?」

また、レイラが口を閉じたまま数分が経った。

田中先生は腕時計を見た。「そろそろだね」先生の目を追い私も時計を覗いた。まあ、こんな時間!気づかないうちに二時間もこの部屋に居た。この調べは想像していたほどうまく進むものではなかった。田中先生曰く、最初の面会はいつも他より疲れるとのこと。そして、最初の面会のゴールとは、たくさんのことを聞き出すのではなく、信頼関係を築くことだ。果たして田中先生のこの独自のやり方では、下を向いたままずっと指で布と遊ぶガラスの向かい側に座っている少女とはうまく信頼関係を築けるのか。

「今日はどうもありがとう、また来週の火曜日には来る予定ですので」田中先生はレイラと話しながら彼女の後ろ、ドアの前に立っていた警官の方を覗いた。「また来てよろしいんですね」と確認しているように。

「大丈夫ですよ、名前と時間帯だけを外のガードに渡してもらえば」警官がガラスの前に座っていたレイラに近づきながら答えた。

「あ、どうも」田中先生会釈しながら席を立った。

レイラの後ろに立っていた警官はレイラを呼び、奥のドアを開いた。レイラは無言で席を立ち、私たちの方を振り向かずに、警官の後ろにドアの奥に消えて行った。

面会が終わった後、私たちの後ろに立っていた警官がドアの鍵を開け、再び最初に案内されていたロッカールームに通された。携帯や鍵がロッカールームの中央にあった小さなテーブルの上に置かれてあった。荷物をまとめ、かばんを取って面談終了用の用紙にサインをした。田中先生は車で私を駅まで送ってくれると言った。一緒に建物を出て、その敷地内に止めてあった先生の車に乗った。敷地を出るため、車で門の下を通るとき、鏡で後ろの壁にかかれてあった『入国管理局』の大きな文字が光って見えた。

駅前で車から降りた後、直接電車に乗る代わりに、駅周辺をプラプラと歩き始めた。今日はこれ以外の予定は入っていない、だからと言って何をしても良い訳ではないが、大学に戻る気分はない。少し入管の外の空気を吸いたいだけ。駅内部に大きなショッピングセンターがあり、買い物客でとてもにぎわっていた。お昼の時間も近く、少し早めの昼食を捜し求めているサラリーマンやお昼の仕度のため近くのスーパーまで寄った主婦、授業が早く終わった学生や暇なフリーターが混ざり合っていた。

このにぎやかな駅を見るだけでは、数キロ先にあの暗い怖い入管があるなんてとても想像がつかない。買い物客やサラリーマンでにぎわうこの駅は明るくて広い。その先端に小さな公園がありその中には子供が遊ぶスペースまで作られている。駅の周辺は塾の建物や英会話スクールの看板だらけ。この先の入管に自分の母国でさえ読み書きできない人が居るなんて想像もできないくらい予備校の看板が目に飛び込んでくる。そして居酒屋やカラオケ、ゲームセンターも。レイラは人生でゲームセンターやカラオケという言葉を耳にもしていないのに違いない。ハンドクリームさえ使ったことのない人間だから。

小さな喫茶店に入った。コーヒーを頼んで窓ガラスの横の椅子に座った。香ばしいコーヒーの匂いが鼻をくすぐる。飲むにはまだ少し熱い。周りに座っている人たちを見た。気持ち良くカフェに座るとだんだん現実に戻る。ここが私は住んでいる豊かな国だ。コーヒーカップを手にとって顔に少し近づけた。いい香りだ。

大学の先輩の紹介で二年のときから通訳のバイトを始めた。英語の通訳が主な仕事だから、ネイティブスピーカーやハーフ、帰国子女が大勢いる中では、第二外国語として習った英語力を持つ私にまで回ってくる仕事はさほど多くない。

「ダリ語の通訳が入ってますよ!」とマネージャーに呼び出されたとき、何かの間違いじゃないかと思い、思わず「日本ではダリ語も使うんですか!」と言ってしまった。

「時給がいいらしいぞ!」と言われるまでもなく一回ぐらい私だけが出来る仕事がしたいという単純な願いでこの仕事を引き受けた。

その後、ベランダの外で忘れ去られたままの箱の中から、入学当初に使っていたペルシャ語の本や辞書を取り出した。時間の流れで紙の色は少し古く黄色くなっていった。中身をパラパラっと見るとあちらこちら、紙の白いところには絵が描かれたり、しょうもないことが書かれたりしていた。まったく授業を聞いていない学生の証拠だ。ペルシャ語の辞書で通訳は大丈夫かな。ダリ語とペルシャ語は同じ言語なの?   と良く聞かれるけど、私にしてみれば、ペルシャ語とダリ語の関係は日本の標準語と新潟弁のような関係だ。ペルシャ語がベースとなり、ダリ語という方言が話される。地方にもよるけど大抵のアフガン人はペルシャ語が分かる。一方で、イランの人はダリ語をさほど理解できないそうだ。 万が一通訳中にダリ語の独特な言葉を理解できない場合があればと、念のため、周辺の本屋さんをあさって、ようやくダリ語の辞書を見つけた。

共通の国境を持っているのに、国民がダリ語をしゃべるアフガニスタンという国の地理や歴史についてほとんど知らない。中学に入ったと同時に、街角にはモンゴル人の顔をし、変な発音でペルシャ語をしゃべる人達が増えてきた。彼らのことをアフガニー(アフガン人)と呼んだ。主に土木や車関係の仕事をしていた。数年後、世界史を勉強したときにアフガニスタンでは内戦が続いているため、多くのアフガン人が難民として世界中をさ迷っていると習った。特にイランやパキスタンはアフガン人を多く受け入れている国として知られる。近くにアフガンの家族が住んでいたが、興味が無かったせいか私はダリ語を話すアフガン人がどういう人たちなのか、どんな生活をしているのかまったく知らない。映画では頭に黒いターバンを巻いて白く長い服を着ている人達をアフガン人としてみるが、私がテヘランの街角で見たアフガニーとは全く違うイメージだ。

ダリ語の通訳を始めて一番面白かったのは、英語を訳すとき辞書を持つとなんだか白い目で見られるけど、ダリ語を訳すとき辞書を開くとなんだか感動されるということだ。「こんな変な字読めるのか?」、「ミミズみたいだね、すごいね!」という感激の連続で迎えられ、通訳がまったく出来ないという前提の上に成り立っているから、ちゃんと通訳できると感謝と感激の言葉を浴びせられる。一応ほぼ母国語なのに!   この快感は今までに味わったことのないほどに気持ち良い。

そして、今回田中先生と仕事をしている点というのが楽で楽しい。田中先生は若い弁護士だ。司法試験に落ち続け、難関をようやくクリアし弁護士になって五、六年しか経ってない。努力派だけど、言いたいことがいえないタイプのちょっと恥ずかしがりやというか、神経質というか。弁護士にはまったく必要のない素質を持つ。

何かプライベートのことや失礼に当たる質問などを聞かざるを得ないとき、すでにクシャクシャになっているタオルを手の中でもみながら、丸い体を右左に揺らし、聞こえづらい独り言で用件を切り出す。初めて会う人にはこの様子はおかしくてたまらない。それでも仕事はとっても細かく、素早い。丸い体に似合わず仕事が本当に速い。

まだ若いためもちろん自分の事務所を持たず、他人の事務所で働いている。そして、若いため大量の仕事が荒れた川のように彼の方に流れてくる。この仕事も実はボランティアに近いような仕事だ。アフガン人難民を支援するボランティア団体からもらうお金はとっても少ないのに、難民認定の裁判で勝つために使う時間と忍耐力はバカにならない。なのでこういう仕事の依頼が来ると当然事務所の一番若い人が引き受けないといけない。田中先生はまだ独身であるため、自分の時間をいくら仕事に使っても良いという。結婚してしまうともうこのような仕事ができなくなるかもしれないから今のうちにやった方がいいと。

再会

二回目、入管でレイラに会ったとき、一回目の気まずい沈黙がなく、レイラが私たちをちらっと見る回数が多くなり、私もあの無表情な目を見るたびにぞっとしなくなりつつあった。田中先生はいつもと同様、おでこの、出てこない汗をタオルで拭きながら、書類に目を向けたまま質問をする。彼にはあんまり自分の弁護人の目を見る習性がなさそうだ。目がすべてを語るというのに、田中先生は耳を澄ます方式を選んでいる。

「これはお兄さんの写真ですか?」田中先生、分厚いファイルの中から何枚かの写真を取り出し、一枚をレイラの方に伸ばした。

ガラスの向こう側でレイラは目の下から写真を一瞬覗き、無言で頭を下げた。田中先生一枚の写真をテーブルの上に置いたまま、ファイルの中では違う書類を捜し始めた。この間を利用して、座っていた位置から写真を出来る限り覗いたが何がなんだか良く見えなかった。

話はどうしてもレイラの父親の話題になる。父親は有名なハザラの司令官だということまで聞き出せた田中先生が、父親は今パキスタンのどこで何をしているのかを聞き出せず、あらゆる方法を試して似たような質問を繰り返す。ショートケーキの上をぐるぐると回り、着陸できそうな場所を探し求めているハエのように。田中先生によれば、裁判で勝つすべての鍵をレイラの父親が握る。だが、レイラは父親について多くは語らない。その代わりに、お兄さん達についての質問にほぼ答えている。田中先生の熱意が伝わっているのか、自分もこの捜査に協力したいのか、分からない。だが、大事な父親について語るほどの信頼感はまだ得られていないようだ。

「どうしてお兄さんと一緒に日本に来れたのか?」

「おじさんは昔からアフガニスタンと日本の間には、車関係の仕事をしていた。戦争で傷を負ったお兄さんは母の頼みで戦争に参加することをやめ、日本にいたおじさんの方に弟子として入った」

「それはいつごろの話だ」

「三、四年前」

「じゃ、お兄さんは何回か日本に来ているの?」

「毎年五、六回ぐらい日本に来ていた。ここでは何人かのアフガン人と知り合いもいる」

「今はお兄さんはどこにいるの?」

「パキスタンに帰っている。上の兄が戦争で死んだあと、父親は彼を呼び戻した」

「じゃ、どうして君だけをここに」

「父親と兄は戦争の準備のためパキスタンやアフガニスタンに行き、タリバンに見つからないために特定の場所には住んでいない。隠れ家生活をしている。私の母親が殺された後、女一人でパキスタンに住むことは危険だから、おじさんは父に私を日本に連れ、彼に預けるように提案した」

「じゃ、どうして今入管に」

「アフガニスタンの状況はますますひどくなる一方だからおじさんが私は日本に居続けた方がいいと思った。でも私は読み書きできないから仕事ができない、父親の状況とアフガニスタンの状態を考えれば難民を申請すれば認められるとおじさんは思っていた。でも申請したら捕まえられるとは思ってもいなかった」

面会が終了したとき、今回は下を向いたままではあったが、レイラはダリ語で静かに「コダハフェズ!」と言いながら目を会わせずに警官の後ろでドアから出ていた。田中先生の丸っこい顔にうれしさと満足感の混ざった波が一瞬流れた。信頼感を築くことに一歩近づいたようだ。

帰り道、駅まで送ってもらうときに田中先生の車で、先生の方を向いて「さっきの写真、見てもいいですか?」と聞いた。

先生は運転しながら分厚いファイルをかばんの中から取り出し、膝の上に載せた。その中から、写真が入った小さな紙袋をすっと取り出し私の方に伸ばした。

写真を手に取って近くからみると黒い毛が生えた白い物体が写っていた。体の一部のようだった。もう一枚の写真からこの物体は人間の太ももだと分かった。膝からお尻までの写真だった。膝の少し上から太く深い線が肉を溶かしたままお尻の近くまで引かれていた。その線の上には毛が生えておらず、皮膚が薄くピンクっぽかった。指一本がほぼ真ん中まで入るほど深い傷だった。気持ち悪い画像だった。写真を田中先生に戻した。気持ち悪い画像だった。写真を田中先生に戻した。「これは何ですか?」

「レイラのお兄さんの太ももの写真です」

「どうしてこんな形に?」

田中先生は写真を取り、チラッと見た。「戦争中に足には爆弾の一部が当たったそうだ、これでもだいぶ良くなっているよ」気持ち悪い画像だった。写真を田中先生に戻した。「歩けるんですか?」

「少し足を引きずるけど、歩けるみたい」

車の椅子に沈み込んだ。レイラにもこのような傷があるとすれば、写真ではなく実物を見ざるを得ない。写真より十倍以上気持ち悪いはず。

入管

日本で難民申請を行うには、入国してから六〇日間以内に申請を行わないと認められないという法律があり、それを六〇日間ルールと呼び、多くの難民申請者を苦しめている。

この六〇日間ルールを知らず、難民申請を行い、当然不認定とされ入管に収容されたアフガン人はレイラ以外にも何人かいる。その中の、グラムと言う中年男性の話をレイラから聞いていた。アフガニスタンでは長年に渡りバスの運転手をしていて、仕事中に突然タリバンに捕まえられ、一カ月に亘ってタリバンの収容施設では拷問や暴力と迫害を受け続けたという。

首の後ろには大きな穴のようなスポットがあり、タリバンの施設で電気ショックを与えられた跡だという。手や足首にも同じく穴のようなところがある。

彼は、施設から解放されるとすぐに、妻と子供をつれ、アフガニスタンからパキスタンに逃げた。パキスタンでしばらく仕事を探したが、アフガン人が多く避難しているため職が見つからず、知人の紹介でインド、マレーシアそして日本へとやってきた。日本では難民を申請し、不認定となり、入管によって収容された。

一カ月間タリバンによって収容された結果、彼は精神的にとっても不安定な人間になってしまった。レイラの話によれば、夜暗くなると眠れず、大声で話し出す。ひどい日は叫びながら頭を壁に打ち込む。夜中に同じ部屋にいる人たちに止められ、何度かベッドに巻かれたこともある。パジャマで首をつるなど定期的に自殺を図るという。精神的に不安定なため、週に一度入管から精神科に通い、薬をもらっている。

昨晩、彼は大量な飲み薬を服用し、また自殺を図った。早朝に部屋の仲間に発見され、病院に搬送された。入管の職員が付き添っているが、その後のことは誰にも知らせていない。

「家族の写真を見せてもらった。今はパキスタンのパシャワーに住んでいる。難民認定になれば家族を呼び寄せ一緒に日本で生活したいと言っていた」レイラは無表情に潤む目でそういった。「父親とほぼ同じ年齢です。やさしいおじさんでした」

彼女にかける言葉はない。田中先生によれば、日本の裁判に勝って、難民認定になることはとても難しい。ただ迫害されたからって認定の理由にはならない。適当に迫害されたのではなく、本当に、その人がその人であるために特別な迫害や拷問を受けたと言うことが大事だ。そして、今もなおその特定の人はタリバンによってマークされ追われているのだと。ただハザラだから、父親は爆弾が通る軌道にいたから死んだとかアフガニスタンは安全ではないという単純な(!)理由では認定されないという。

部屋から出るとき、入管の職員の話を聞き取った。彼らによればグラムは人の注目を集めるため、よくこういう変な行動をするらしい。彼の収容期間が異常に長いことも役を演じているのではないかという噂が立っているからだとか。今回はちょっとやりすぎたけど、きっと治ってまだ戻ってくる。こんな状況に慣れきっている入管の職員の話は異常なほど冷たかった。

先生

田中先生は最近、ダリ語の挨拶を覚えている。『旅行のための簡単ダリ語』という本をどこかの図書館で見つけ、最近レイラとより深い挨拶を交わすため、必死に勉強中だ。英語も苦手な田中先生の唯一の頼りになる人は私だ。レイラに面会する日、入管の待合室で待っている間、目が合うたびに、「これってどうやって発音するんですか?」と何かの発音や意味を聞いてくる。田中先生は少し神経質でとっても気を使う人なので、本当に意味が理解していない限りその言葉を使おうとしない。相手に失礼にあたるんじゃないかとか、自分は変ないい方や発音でかっこ悪く見えたりするんじゃないか、ということをかなり気にするため、同じ言葉の意味を一〇〇回ぐらい聞いてくる。

私は田中先生の繰り返しの質問に飽きるけど、レイラには良い影響をもたらしているようだ。最近こんな言葉を習ったぞと先生が間違った発音で何かを言うときのレイラの嬉しそうな顔は印象的だ。笑いながら、正しい発音でその言葉を繰り返す。田中先生はかっこ悪さのあまり、生貝にレモンを絞ったときと同じように椅子の上で縮む。この行動もまたレイラにとっては面白い。微笑みが意地悪な笑いに代わり、口周辺のしわがより長く深くなる。

面会を重ねるうちに、レイラの父親はアフガニスタンでは有名なハザラの司令官であることが明らかになった。よく知られている司令官にとっては現在のアフガニスタンはとっても危ないところだが、彼には軍隊がある。今もなお軍隊を指揮するため、パキスタンのパシャワーに一時的にベースを置いているそうだ。身の安全のため彼の本当の居場所をレイラさえも知らない。父を手伝っている二番目のお兄さんだけは彼の本当の居場所を知っている。そんな生活を続ける彼には、いつかアフガニスタンをタリバンから取り戻し、ハザラ人も幸せに住めるような国にしたいという夢があるという。

「近々裁判があるので、レイラの父親つまり、サレフモハメドが司令官であることを証明しないといけないんだ」

田中先生の裁判の書類が日々厚くなるにつれ感情も熱くなっていく。すでに種類がはみ出ている透明なプラスチックファイルの中から一部ホッチキスで止められた書類を取り出した。

「これは、レイラさんから父親の仕事について聞き取ったことをまとめたファイルだ。これを裁判に提出するつもりだが、言葉だけでは不十分なため、何か証拠になるようなものがあれば…」

レイラは静かに私の通訳を聞いた。しばらく無言で考えた後、手を、髪に巻いた長い布の間に入れた。布の下の見えないところに、物入れのような形にしていた雑な皮を巻きつけていた。それを首の周りからはずし、皮を膝の上に置き、中身を私たちの見えないところで開き、聞こえづらい声で「写真があります」と言った。

レイラが一枚の写真をガラスの下から田中先生の方に滑らせた。写真は雪が積もっている山を背景に、痩せ細った茶色の馬の上に、モンゴル人の顔をした男性が乗っているのが写っていた。肩からロシアの武器カラシュニコフをぶら下げ、頭に黒いターバンを巻いていた。長い民族衣装の服装がとっても古そうで、それよりさらに古いブーツを履いていた。彼の周りを同じような服装をして同じような武器を肩からぶら下げた、馬無しの人たち数十人が囲んでいた。全員、長年山でさまよっていたような雑な顔立ち、乾きすぎてひび割れた肌と使い古した服装をしていた。あの武器さえなければ、この連中は兵隊以外に何にでも見えた。

私が想像していた筋肉隆々のハイテックのコマンドウとは違い、数百年前に存在していたであろう兵隊の集まりだった。

「これは父親か?」田中先生は指で、馬に乗っていた人を指した。

レイラは小さく頷いた。そして、もう一枚の小さいカードのような紙をガラスの下から田中先生の方に滑らせた。

すべてがダリ語で書かれたのにもかかわらず、その黄色ばんだカードを見た瞬間田中先生の顔が光った。

「これは…」

「ハザラ統一党のメンバーシップカードだ。そこに、どの位の司令官であり、何人の軍人を指令しているのかが書かれてある」

田中先生はカードを両手でしっかり持ちながら、実感を沸かせるようにその表面を人差し指でさわった。宝の地図を手にした海賊キャピタンのように文字の上を大切に指でなぞる。一言も読めないというのに。横から「みましょうか?」と、自分もこの大切なひと時の中に混じった。カードに書かれている言葉を確認する必要もないように、カードを目に焼き尽くすほど見つめながら先生が呟いた、「これで勝てるかも!」。

仮釈放

田中先生とのこの通訳の仕事は半年ぐらいかかったが、ようやくレイラには仮釈放という希望の光が降り注いだ。難民支援のボランティア活動をする団体が保証人となり、レイラは釈放されることになった。さらに、同じ団体が運営する教会が彼女を引き取ることになった。彼女のように日本で難民申請を行っている人達の多くがこの教会を使用する。彼らはこのボランティア団体を通して仕事や寝泊りできる場所を探し、裁判のための弁護士などもこの団体を通して見つける。難民申請者は普通の人の一〇倍も働くけど、難民であるため通常の一〇分の一の所得しかない。

「これは、仮釈放といって一応釈放されるけど」田中先生は仮釈放の紙をレイラに見せながら続けた「毎月ここにサインをもらいに来ないといけないんだ、〝まだこの町にいますよ〟みたいな存在アピールだけど、来るべき日に来なかったり音信不通になったりすると、保証人の人は変わりに返事しないといけないからちゃんとその日来るようにしてくださいね」

レイラを引き受ける団体の事務の金子さんが入管の待合室で私たちを待って居た。レイラが荷物をまとめに部屋に返されている間、田中先生は入管内部の手続きを済ませ、待合室で金子さんと合流した。しばらくして、入管の職員がレイラを待合室に案内した。どこに連れて行かれるか好奇心旺盛にチョロチョロ辺りを見渡すレイラと車に乗り、これからしばらくレイラが住む所に向かった。

教会は思ったより大きく、広い敷地内に建てられていた。貧しい国々に支援を送ったり、難民のために活動をしたり、UNHCRのメンバーも居るボランティアグループが運営するこの教会では、敷地内の一部を改造し、裁判の結果を待っている難民の人たち用に住む部屋をたくさん設置していた。南米やアフリカ、アフガニスタンからの難民も住んでいる中、レイラにも小さな部屋が与えられた。共同のキッチンやトイレと風呂があり、月々決められている仕送りをもらう生活が今日から始まる。

今まで慣れ親しんでいた入管から新しいところに移り住むレイラは不安そうな表情をしていた。金子さんは事前に建物内に居たほかの難民申請者を呼び集め、レイラを迎えるための小さなランチパーティーを開いていた。あらゆる国の香ばしい料理が駐車場の大きなテーブルの上に載せられ、いつもこの教会のイベントに参加してくれる近くに住む住民の主婦や老人もそれぞれ飲み物や食べ物を持ってきてくれた。想像もしてなかったもてなしと優しい笑顔で、レイラの硬い表情も少しずつ解け始めた。

レイラが教会に移り住んだときから、田中先生とレイラの面談は週一回、教会で行われるようになった。この環境の変化はレイラにとって、入管の壁越しではなく明るい場所で人と交流が出来、街角に流れている日本の生活に触れるチャンスだ。私にとっても、山の上に作られている入管より市内にあり交通が便利な教会に面会場所が移ったことがとっても喜ばしいことだ。

面談のとき、田中先生より早く教会に着くと、教会の事務室で週末のイベントの案内のチラシを一つずつ折りながら封筒の中に入れいくレイラの姿が見えた。レイラからこの新しい環境について聞いてみる。

「どう、ここ?」

「いいところです。みんなとっても優しいし、日本語も少しずつ習っています」

「退屈しない?」

「ここでは結構忙しいですよ。朝はこの事務で手伝います。書類をホッチキッスでとめたりお茶を汲んだり、最近コピー機の使い方も習いましたよ。読み書きさえ出来ていたらパソコンの使い方も教えてもらっていたのに」レイラは寂しそうに笑った。日本での生活には慣れつつあるが、母国とのギャップがたまに姿を見せる。

「隣の部屋の人には小さいお子さんがいる、その子の面倒をみたり、ご飯作ったり、お祈りの時間に参加したり」

「お祈り?   ここは教会でしょう?   レイラはムスレムじゃなかった?」

「ムスレムですよ」レイラは笑った。最近気楽に笑うようになっている。気のせいか口周りのしわが減っている気がする。日本には湿気があるからかな。それともここの誰かにクリームが贈られたとか。「日本語わからないから私は自分の言葉でお祈りしてます」

「へー!」

レイラはまた無邪気に笑った。笑うと顔は本当に幼くみえる。読み書きすら習っていない若い子の無邪気な素顔だ。

「あ、田中先生が来ました」

たくさんの書類を抱え、おでこの汗をタオルで拭きながら階段を上ってくる田中先生の方に手を振った。レイラは立ち上がって迎えに行った。田中先生が来た後、話はまじめな方向へと進んだ。今回田中先生は彼女の国の地図を持ってきていた。砂漠のイメージがあったのに意外と山国だった。レイラは自分の国を目の前にして、嬉しそうに自分が生まれた町や住んでいた町を次々と見せてくれた。無邪気な彼女を見て、この何カ月間でとっても明るくなっていると思った。教会で面会を重ねるたび、レイラは自分の裁判に関して興味を持ち始め、協力をするようになり、とても前向きになっている。

田中先生が帰った後、お茶を一杯頂いて帰ろうとしたとき、

「ここに居ると向こうのことを忘れます」レイラが突然あのさびしいハスキー声で言った。

「いいことじゃない?」イスからカバンを取って、帰る体制に入った。

「いいことかな?」一緒にドアまで来たレイラは難しそうな顔をしながら言った。

「ここでは、みんな明るくて、やさしい。信じられないほどに。毎日美味しいお茶を飲みながらテレビを見る。時々夕方になると近所の公園で散歩する。けど、そんなときでも向こうでは人が殺されている。忘れたら悪い気がする…」

靴を履いた。ドアを半分開けながら、

「地球上の人々にはそれぞれ別々の人生がある。自殺する人もいれば、出世する人もいる。殺される人もいれば殺す人もいる。ここに住んでいる以上、向こうのことを思い出して何の役に立つの?忘れれば、前に進む。だから忘れた方がいいんじゃない」

レイラは無言で、帰る私を見送った。

その訳とは…

「裁判の結果、残念ながら不認定になりましたけども」田中先生は心配そうに彼を見つめているレイラの顔を見て「もちろんこれで終わっているわけではない、これから欠けていたところを埋めながら最高裁にアピールしたいと思いますので」

田中先生の言葉をレイラに訳した。彼女はしばらく無言のまま考えた。田中先生はこの間を使い、新しい話を切り出した。

「それで…実はレイラさんの父親が知られている司令官であることには何の問題もなく…ただ…レイラさんは彼の娘かどうかというのは…」

レイラの眉毛間にしわが寄った。こんなことを言われると思いもよらなかっただろう。私は自分の意見を会話に混ぜた。最近なぜか通訳者以上の役割を果たそうとしている。

「でも、父親とお兄さんと一緒に写っている写真が一枚あったじゃないですか?」

「それについては、隣の家のおじさんや親戚のおばさんも一緒に写真をとってくれるので、それだけでは証拠になりません。」

「普通の証拠というと何があるんですか?」

「例えば日本人で言うと戸籍書、ほかの国だったらIDカードやパスポートなどが有力な証拠になります。が、生まれてくる人の記録を残す機関がない国やちゃんと認められた出生証明書を作らない国、さらに政府の信頼性が薄いパスポートなどだと証拠にはなりません」

「じゃ、レイラの場合はどうすれば…」

「具体的な証拠が必要になりますね。本当は一番早いやり方はDNA鑑定だが、レイラの父親は日本にいないし、それはアフガニスタンにまで行って彼を探し出して、血液などをもらうということになるとその鑑定費用は非常に高くなるので現実的には難しい方法となる。だから今はそのDNA鑑定以外の方法何かないのかを検討している。例えば…彼女の場合父親は現在パキスタンにいるし、身の危険のため、アフガニスタンにも戻れないというので、父親から彼女は娘であると書かれているような手紙とか他に証拠になれるものなどがあれば…」田中先生はため息をつき、続けた。

「父親がいる場所を彼女のお兄さんしかしらない。ですから、お兄さんと連絡を取って、そういう証拠を送ってもらえるように頼むしかないですね」

田中先生の説明をレイラに訳した。レイラはお兄さんの居場所を知っているから、彼女の言葉を私が手紙に書いて、お兄さんに送ることになった。

入管の帰り道で田中先生に「どうしてレイラは難民認定にならないんですか?」と聞いてみた。

田中先生頭を振りながらため息をついた。

「アフガニスタンの人々特にハザラ人はこんなに迫害されているということを全世界知っているじゃないですか。ほかの国でも多くのハザラ人の難民は住んでいますし、どうして日本だけは…」

「国を弁護したいわけではないが、もし日本が簡単にアフガン人の難民認定を出せば、これから何十万人のアフガン人が日本に流れるかもしれない。比較的安全で仕事もあり安定な生活を出来る環境が整っている日本は、自分の国があらゆることで荒れている人たちにとっては魅力的な場所だ。でも日本人しか住んでいない日本を多国籍国に変えることは難しい。しかも、あらゆる文化や国籍が混じるところでは問題も起き易い。今のアメリカや移民が多かったヨーロッパの国々のように難民を多く受け入れていた国々は現在その難民の子供や孫たちとたくさんの問題を抱えている。教育や就職、人権差別など色々。日本もほぼ日本人だけが住む国だから、難民を多く受け入れると数十年後たくさんの問題を抱えるようになるだろう」 真剣な顔で喋る田中先生を見上げた。移動中の電車の中でパンにかぶりつきながらレイラの書類に目を通す男。彼女の裁判のために時間と努力をすべて使い果たしてもいいほどの勢いを持つこの男が、こんなに合理的に国側の問題でさえ弁護できるとは少し驚いた。

二十年もの間

通訳中に町や地方の名前を間違わないように、アフガニスタンの地理についても少し知った方がいいと教会の方に言われ、事務の方が大きなアフガニスタンの地図をくれた。

教会から家に戻った後、もらったアフガニスタンの地図を部屋のベッドの上に広げた。レイラの肌の状態からなぜかアフガニスタンが日差しの強い砂漠の国のイメージがあったのに、地図上で見ると意外と山国だった。カブールとマザー。被害が一番多かったこの二つの町は結構離れている。パキスタンに近いカブールは首都であり、一番人口が多い町だ。アフガニスタンの地図の右下にカブールの詳しい地図が載っていた。レイラが言っていた西カブールや住んでいたカルテセの名前も書かれてあった。

これがもしパリやロンドンの地図だったら、市内のあちらこちらに博物館のサインや有名な建物の名前が書かれているだろう。地図を買えばおまけつきで買い物通りやショッピングセンターの案内書も付いてくる。カブールも古い町だが、見た限り見学できそうな場所はなさそうだ。レイラの話によれば、学校や病院さえ少なく、デパートがあるとはとっても思えない。小さなお店がいっぱい並ぶ通りやバザーがあるぐらいだろうか。二十年もの間外戦や内戦が続いていて路地裏だけではなく、大通りでも殺し合いが行われる国にデパートや博物館がある方が驚きか。

共通の言葉を話すのに、同じ国境を挟んでいるのにアフガニスタンとイランはまったく別世界。二十年もの間戦争が続き、あらゆるグループに支配され、多民族のアフガニスタンは今はとても遅れている国だ。最近イスラム過激派グループのタリバンが権力を握っているため、時代が千年ぐらい巻き戻されているという。ベールの下に忘れ去られている女性は勉強する権利すら持たない。でもそういうことを私は今まで知らなかった。私が初めてレイラに会ったとき、何がなんだかまったく状況がつかめないまま、ただ言葉を訳し並べただけ。レイラに会う前に、アフガニスタンは多民族国だとも知らなかった。私がイメージしていたアフガン人というのはテヘランの街角で見慣れていたアフガニーのことだけだった。 中東は全員アラブ人だという一般的なイメージと裏腹にアフガニスタンには主に四つの民族が住んでいる。パシュトン、タジク、オズバク、ハザラ。この四つの民族の中ではハザラ人の体格や顔立ちがほかと少し違う。中東人の顔立ちではなく、どちらかというと日本人のようなホリの浅い、目の細い顔をしている。

すべての民族はイスラム教ではあるが、スンニー派とシーア派に別れる。そして少数派であるハザラ人はシーア派である。ハザラの民族は顔立ちの違いや少数派であることによって、長年にわたりほかの民族から迫害を受け続けた。一九九二年タリバンが現れることによって国は内戦状態に陥り、迫害がエスカレートし、世界的に知られているハザラ人の大規模な殺害に至った。その後、ほぼパシュトン民族から形成されるタリバンが政権を握り、アフガニスタンの暗い過激イスラム教の時代が激しい差別と迫害と共に始まった。 ハザラ人が多く住んでいた町、マザーシャリフは過去何度にも渡ってタリバンによる攻撃を受けた。そして一九九八年激しい攻撃の末、マザーは墜落し、ハザラ人の多くは命を落とした。レイラの母親もその中の一人だ。彼女のお兄さんは母親が殺された夜、彼女を連れ夜中父親とお兄さんがいるカブールの方に逃げた。

地図を見ているとお腹の音で我に戻った。地図をたたみ直し立ち上がって、冷蔵庫の上から一本のバナナを取った。皮を剥いて、小さく切ってミキサーに入れた。冷蔵庫から冷たい豆乳を取り出し、ミキサー内のバナナに加えた。ミキサーのフタを付けるとき、始めて日本に降り立ったレイラはものすごく驚いたに違いないと思った。こんなにも違う国が存在するのか、映画でも見ているのだろうか、と思っただろう。私がアフガニスタンに行けば、映画のワンシーンを見ていると思うように。ミキサーのスイッチを入れた。粒上になりながら白い豆乳の中に舞い上がり溶け込む黄色いバナナを見て、レイラもこんなに早く日本に溶け込んで向こうのことを忘れるだろうかと少し思った。

一歩ずつ

肩から下ろした書類でいっぱいのかばんをひきずりながら、駅に向かう歩道橋で前から襲ってくる人ごみの間に必死で自分用の通れるスペースをつくり、前に進む。今日はとても疲れた。

最近の面談は同じ人生ストーリーの繰り返しをより細かく聞くだけでとても退屈だ。先生はものすごく細かい日にちや場所を聞くけど、レイラも正確に覚えているわけではないから余計に時間がかかる。第一回目の裁判に負け、最高裁にアピールすることになってから田中先生はこのケースに全身全霊をかけている。

これはいつまで続くのか分からない。田中先生はお兄さんが送ってくるはずの証拠にとっても期待を寄せている。レイラの父親がアフガニスタンでは有名な司令官であることを裁判は認めている。残っている大事なポイントは、レイラが彼の娘であること、彼がアフガニスタンに戻ると身の危険があること、そして、その身の危険は家族全体も同じだということ。この三点を示さないといけない。だが私は、その三番目の身の危険を証明する方法は全く理解できない。田中先生によれば、家族の一人が殺されてやっと身の危険があると認められる場合がほとんどという。しかもそれが道端で偶然殺されたのではなく、本当にその人であるために狙われて殺されたということが大事だ。ただ偶然殺されれば、それがその国の地安が悪いだけで、その人自身がマークされていたとかにはならない。

レイラなどほかの難民申請者を支援するボランティア団体から、団体の方や弁護士ら四人で結成されるグループがアフガニスタンに送り込まれることになった。このグループの目的は、日本で難民申請を行っているアフガン人、特に入管によって収容されている人達の裁判のためのあらゆる証拠を集めることだ。その中でも音信不通になっているアフガニスタンの難民申請者の家族を見つけることや現在のアフガニスタン国内の状況や治安がどのようなものなのかについて証拠や映像を取ってくることがもっとも大事。

レイラのお兄さんに手紙を送ってから3ヶ月間が経ったが、今のところ何の連絡もないということで田中先生は六日間ほど仕事を休み、レイラの件でこのグループと途中まで同行することにした。

アフガニスタンに送り込まれていた弁護士団から途中で別れ、一人で日本に戻ってきた田中先生は団体の方と教会で会うことになった。このミーティングでは、田中先生が持ってきたアフガニスタンのスライドや映像が上映される予定であり、生々しいアフガニスタンの状況を見ることによって悲しいことを思い出させないようにレイラは呼ばれないことになった。

ビデオに映っていた田中先生は、暑さのあまりにシャツの上のボタンを二つ外し、袖を巻き上げ、だらしない格好でカメラの前で喋っていた。ヒゲは剃っておらず、短期間の滞在だったのにも関わらずかなり日焼けしていた。プロのカメラマンではなくグループのメンバーが小さなビデオカメラを手で持ちながら小石やラガーの一部、枝などが落ちていた道を歩きながら録画していたため、時々映像が傾いたり、中心が外れたりして少し見にくい。

映像に映るカブール市内の全体のイメージは土っぽく、高速道路はもちろんのことちゃんとしたアスファルトの道路も見当たらない感じだった。日本では見かけない古い車が土を飛ばしながらお世辞でも道路とは言えない状態の道を走り、去った後は土けむりが空に舞い上がる。

ところどころ、黒いターバンを巻いて、昔白だった長い服装をして、銃をぶら下げて歩く人を見かける。顔も体も何も見えない布の固まりのように歩く女性の姿は街全体では非常に少なく、空爆や戦争で壊れていないという建物もない。どこを見ても土ぼこりがたち、焼け跡に残った瓦礫の山の後ろには、かつて建物だったといえるような壊れかけたものが立っていた。街角には所々、使い古したサイズの合わない服と大きなプラスチックのスリッパを履いて、面白そうにカメラの集団を覗き込む子供達が座っていた。その大半は裸足で、プラスチックのスリッパを履いていた子もその左右のサイズや色が違って、大抵は悲しいほどに破れていた。道端を歩く人達は、この人種には生まれつき手足がひとつずつしかついていないんだと思わせるほど手足のない人が多かった。

何件かインタビューもあった。インタビューされた人達の九割は家族のメンバー少なくとも一人が殺され、何人かが行方不明という状態。お金も仕事もなく、たださ迷うだけという。『将来』をどう思うのかと聞かれると苦笑いで『将来』があるのかと逆に聞き返す人や、答える代わりに『将来』という言葉だけを吐き捨て、その響きを試す人も。そして、レイラのように無表情な目で見つめるだけの人も。

もっと危ない市内の地域も映しに行ったという先生は「ここからはかなりひどいんですよ」と説明した。

何もない砂漠のようなところに、黒い布に巻かれた物体が何個も地面に放置されており、近づくとハエさえ飛んでいた。死体の置き場ではなかったのに、この治安が最も悪い地域で不運にも殺された人達だと通訳が説明する。夕方からお昼までここを通らないほうがいいですよとアフガン人の通訳者は得意げに話しながら、数本しか残ってない前歯を見せて笑った。

上映が終わると、シーンとした雰囲気で部屋中が曇っていた。誰もが最初に喋りだしたくない様子。テレビから視線を逸らし、綺麗に整理されている教会の事務を見て、現実はどっちなのだろうと迷った。

テレビを消し、スライド機とカメラなどを片付けるため、始めに立ち上がった田中先生は最初に沈黙を破った。

「ですからレイラはいない方がいいと思ってました」

団体の方何人か首を振りながら「ひどい状況ですね」と頷いた。

「これはアフガニスタンの様子のほんの一部ですけど、レイラと直接関係するニュースは残念ながらまだあるんです!」

先生は破った新聞の欄をカバンから取り出し、続けた。「これはパシャワルで発行されているアフガン人向けの新聞です。ここに、サレフモハメドゴラムアリ通常サレフモハメドというハザラの司令官はタリバンによって殺されたと書かれている」息を止め、大きく開いた目で先生の口に釘付けの私たちを横目で見ながら続けた。

「残念なことにレイラの父親の居場所はタリバンにより把握され、二カ月ほど前に父親が住んでいたところが取り押さえられ、昼間多くの人が行き交う道端で殺された。目撃者の証言も得ているので…」田中先生はため息を漏らした。

「彼女の父親がパキスタンでなくなっているということは裁判の行方に影響をもたらすだろう。こんなに近い身内ですから、偶然ではなく探されて殺されたというのは彼女の身にも危険があるということを表す。身の危険があるため、自分の国やパキスタンに戻ることが出来なくなる。だから、裁判の結果には良い影響を与えると思う」田中先生はペットボトルの水を少し飲んだ。

「でも、父が殺されているという残酷な現実をどうやって彼女に突きつけるか。彼女はどのように受け止めてくれるのか」田中先生おでこの汗をタオルで拭いた。下を向きながら無言で考え込んだ。しばらく経つとため息とともに一気に疲れた表情をした。事件に直接関係ないところまで考えてしまわないといけないことは弁護士という仕事の難しいところだろうか。

ミーティングが終了し、教会の敷地内にある難民の人達たちが住む部屋が設置されているところに移動した。レイラはドアまで迎えに来てくれた。最近上手になってきた日本語で挨拶をし、嬉しそうに、今日作ったアフガン風のクッキーを見せてくれた。小さく丸い形をしていたクッキーからは懐かしいアーモンドの匂いが漂う。日本のお菓子によって馴らされている私の舌には少し甘すぎたけれど、美味しかった。

田中先生はそんな大変な話をいきなり切り出すための勇気は持っておらず、とりとめのない話であちこちから喋った。タイムアウトになって、もう言う必要がなくなるときまで時間を無駄にするゲームのように、田中先生は喋り続けた。結局用件を切り出せずに、この日のセッションが終わった。

帰り道で田中先生は「父親が殺害されたとき、何人かの目撃者がいたらしい。その人達の発言が記録されている映像がありますので、裁判のための証拠として使えると思う」と言いながら頭を抱えた。「レイラにとってはいいニュースではないが、彼女の裁判のためにいいニュースになると思う」田中先生は罪を犯そうとしている人のような顔をしていた。駅の入り口に着いたとき、田中先生が振り向いて「レイラに言わないことにします。本当は父親が二カ月前になくなっているけど彼女はまだ知らない。ですからしばらく経って裁判に勝ったといういいニュースと一緒に言えば…」田中先生はため息を漏らしながら「実は父親が殺されて以来、お兄さんも行方不明なんだ」と付け加えた。

電車の切符を改札口に通すとき、考えた。一人ぼっちになったレイラは、こんなに辛い現実が一気に押しかけてくることに耐え切れるのだろうか。なぜか、考えるだけで背筋が凍る。

九・一一

この三週間は映画を見ていたかのようにアッという間に過ぎてしまった。何がどうなったのかを理解できる時間すらないまま次々と新しいことが起こる。

世界中の人々が呆然となったあの事件、全世界のテレビ中継や新聞第一面に大きく書かれたあのテロ多発事件は三週間前に起こった。今もなお強大な旅客機がビルに突っ込む映像が頻繁に放送され、世間の関心がアメリカに集中している一方、地球の反対側にも変化が起こりつつあった。タリバンによって支配されているアフガニスタンでは混乱や集団殺害が勢いを増している。そして、今日アメリカはアフガニスタンに戦争命令を出した。「戦争が始まると、世界中に難民の川が流れる」という田中先生の言葉はこの戦争がレイラの裁判に影響をもたらすことを意味していた。

世界中がテロや戦争のニュースで揺れる一方、身近なところでも事件が起きた。戦争のことで今後の方針を決めるミーティングの連絡が田中先生の方から来る前に、事務の金子さんから「レイラの精神状態がよくない」という電話が入った。実は一昨日入管の方からレイラに父親がパキスタンで殺されていたという知らせが入ったそうだ。

初めてレイラが使っている部屋に足を踏み入れる。電気がついてなく思った以上に小さく、暗い部屋だ。敷地内の奥にある小さな部屋でレイラが床に座り、周りにはアフガニスタンで取られた写真、馬に乗っている父親の写真が散らかっている。下を向いたまま頭に巻く薄緑色の布を顔に押しつけ、肩が激しく揺れる。泣きながら、途切れ途切れの言葉で何かを訴える。話しかけられる状況では無い。父親のことや戦争のニュースを聞きかじった教会のほかの国々の難民申請者と日本人のスタッフが駆けつけ、部屋の外に集まっている。部屋の中の暗闇に入ってドアの横に立った。レイラは振り向いて、ドアの横に立っている私に気づいた。軽く会釈をした。上品な顔立ちは悲しみのあまりに赤く腫れ上がっている。あの無表情な透明な目はもう二本の線にしか見えない。私を見て泣くのをやめようとするが、また激しく涙が溢れる。部屋の中央に置かれているゴミ箱には大量なティッシュが捨てられている。布団の上には使い終わった複数のトイレットペーパーのロールが忘れ去られている。涙の激しさは増し、泣き声ではない変な声に変わっている。夜中、山の奥でさまよっている狼の鳴き声のような声だ。 定期的に頭に巻いている布で目を荒く拭き、また涙が溢れる。精神的にコントロールを失っているかのように無意識に泣き続けるだけ。泣きながら、切れた息で何かを呟く。とても聞き取れない発音だ。通訳中は私が言葉を理解するためにわざとペルシャ語に近い発音で話ししていたのかもしれない。立ったまま、どうすることもできずただ彼女を見つめるだけ。ドアの周辺に集まっている人たちも無言で彼女を見つめているだけだ。涙は薄緑色の布の先端に染み込んで布がクシャクシャになっていく。

田中先生は予定時間より少し遅れて、ハンドタオルで顔の汗を拭きながらドアから入ってきた。もう夏の暑さは消え去っているけど、丸い体で走り回るのにまだ少し暑い。部屋の前に集まっていた人たちが、田中先生が現れることで自動的にドア周辺から離れ始めた。田中先生は心配そうな表情でレイラに近づいた。

「大変ですね」先生は何を告げるべきか分からないという様子でレイラに声をかけた。先生の言葉が聞き取れたのかどうか、無反応なレイラは人の言葉をちゃんと理解できる状況ではなさそうだった。

「私が来たときからこんな様子です」

「そっか」田中先生はため息を漏らした。

しばらく無言でレイラを見守った。我に返れば、セッションを始められる。けど、レイラは父親のことを聞いてから神経ショックを受けたかのようにまったく泣き止むことができずにいた。

落ち着くまでレイラに話をすることが難しいと思った田中先生は、また今度改めて話しをするといいながら部屋を出た。先生を敷地の玄関まで送るためレイラを一人で残し、一緒に部屋を出た。

「先生、今アフガニスタンは攻撃されているじゃないですか、戦争がしばらく続くだろうし、難民を申請している人たちは戦争のため帰れなくなる。そうすると、裁判はやむを得ず、認定という結果に繋がるのでは…」

「実は今日、同じことについて重大な話をしたかったが…」田中先生はポケットからまたタオルを取り出した。

「どうしましたか?」

「今回の同時多発テロ事件はアフガニスタンの人々に関係している。あんなひどい形で罪のない人達を殺してしまい、世界はとても厳しい目でアフガニスタンの人々を見ている。アメリカは戦争に入っているけど、国が戦争になったからって難民認定になることはないよ。残念ながら逆に、アフガン人は今、危ない殺人犯というレッテルを貼られているから実は裁判が難しくなったり、必要とされれば、送り返されることさえも考えられる」

「強制送還?   こんな時期に」 「まあ、たぶんないと思うけど…」 「でも、テロに関係していたのは、タリバンでしょう?ハザラの人は一人も関係してなかったじゃないですか?」なぜか通訳の小銭がポケットに積もるに連れ、熱くなる私。

「これはハザラだとかとパシュトンだとかの問題ではない。アフガニスタンにそんなにたくさんの民族が住んでいるなんて世界の人々は知るはずもないよ!もはやアフガン人であることが問題だ!」

「でも…」田中先生の説明に納得はいかないまま、先生は話を続けた。

「実は、先日日本にいる何人かのアフガン人が入管に呼び出され、タリバンと関係あるのかどうかなどが調べられ、住んでいるところまでも捜索された!」 「そんな…」開いた口がふさがらないまま、首を振る田中先生を見つめた。

「まあ、それはしょうがない。今できることとして、裁判にどのようにアピールすべきかを考え直さないといけないし…どうなるかは…変な話だけど、レイラの父親がタリバンによって殺されていることはこの状況では予想以上に役に立つかもしれない。まあ、まだ今何ともいえませんけどね」

先生は考え深く頭をかき、玄関のドアを開けながら、 「まあ、また連絡しますので、通訳を頼みます」と言い残したまま帰った。

先生が帰り、部屋に戻る途中、この話をレイラに言わない方がいいだろうと思った。こんな無意味な話、誰に通じるだろう。長年に亘りタリバンから迫害と拷問を受け続け、殺害され、挙句の果てに逃げ回っているハザラ人をタリバンと関係を持っていると考えること自体が不思議で仕方ない。

急展開

アメリカがアフガニスタンに攻撃を始めてから一週間が立つ。このごろ毎日テレビでビンラディン氏が隣の町に隠れ、山奥に逃げたという情報や米兵の空爆で何千人ものアフガン人の罪のない女性や子供が殺されたというニュースばかり。レイラがどうしているのかも分からぬまま一週間が過ぎた。そして、月曜日の午後、家でゴロゴロしていると、携帯が鳴った。

「もしもし」

「あ、田中です」

「先生!   こんに…」

「あんまりしゃべる時間がないんです、すみませんレイラは今朝入管によって収容されましたので、できれば明日朝一の通訳をお頼みしたい…」先生の口の回転速度がいつもより何倍も速く、言葉をうまく聞き取れない。

「え!   収容?」一瞬耳を疑った。

「今日は仮釈放の紙にハンコを押してもらう日だったので、行ったら捕まえられた」

「どうして、突然収容されちゃったんですか?」

「裁判で一度負けてますのでね、その理由で収容することはできますから」こんな状況でもまた冷静に分析できる田中先生はさすがだ。

「でも今、最高裁に…」

「そうですね。ですからまた仮釈放で出てくることもできます。もしかしたら一時的な収容かもしれませんし、とりあえずまず行ってみないとわかりませんね」興奮すると敬語になる先生が続けた、「明日の朝九時前入管の門の前にお待ちしております」

「わかりました」

翌日、入管の入り口の前で田中先生に会った。夜の寝付きが悪かったのか目の下には黒いクマができていた。一緒に入管に入りながら、先生から、難民申請をしている他の何人かのアフガン人も突然収容されたと聞かされた。先生は、面談用のフォームを記入しながら、九・一一の事件以来、難民の状況は本当に難しくなっているとため息を漏らした。面談用のフォームの記入を終え、最後にハンコを押した。フォームを持ち、待合室に移動するときに、田中先生は振り向いて

「今後の展開が心配だ」といった。

初めて不安を漏らした先生を見て、今後どうなるのだろうと思った。

運命

大量のカクテルを飲んで頭はぐるぐると回っている。ドアを開けて部屋に入ると、疲れのあまり服のまま自分の体をベッドの上に放り投げた。大学の後期が始まってから部活の飲み会も始まっている。通訳の小銭がポケットに入ってからはお酒を飲む回数も多くなっている。携帯の時計を見ると5時半だ、久々に朝の授業をといっているというのだから何とか少し寝ないと。ベッドの上で寝転んで、目を閉じた。眠りの入り口に足を踏み入れようとしたその瞬間、電話が鳴った。こんな時間に電話とは。実家からの何か悪い知らせではないかと、ベッドから飛び下り、暗闇の中、手でベッドの下を触りながら必死で携帯を探した。

「こんばんわ、田中です。こんな時間に本当にすみません!」田中先生から連絡が来るのはレイラが収容されたあの日以来2週間ぶりだ。

「あ、先生!」驚きを隠せないまま、時計の針を覗いた、6時前だ。

「本当に申し訳ないんですが緊急なんで…明日っていうか今日通訳のお願いできますか?」

「今からですか?」久々に朝の授業が入っているというのに…。

「お願いします!」

「何があったんですか?」

「説明は長いので省略しますけど、少し前に金子さんから電話があって、もしかするとレイラが…本当に送り返されちゃうのかもしれないと…それも今日だと」先生の声は疲れきっていた。

「え!   強制送還ですか!」眠気とアルコールが頭から一気に吹っ飛んだ。

「おそらく…」田中先生は小さな声で返事した。この一年間このケースのために一生懸命努力した成果が強制送還に至るとは、悲し過ぎる結末だ。

「そんな勝手に…送り返すとかそんなことってありえるんですか?」勝手に?何を言い出だすのか、向こうは国と法律を握っている手強い相手だというのに。

「それは…残念ながらありえるんです」先生の声が遠くから聞こえる。

電話を切った後、目の前にあるものを着始めた。通訳のかばんはどこに行ってしまったのか見つからず、周りにあったものを適当に集め、小さなかばんに詰め込んだ。慌ててぼさぼさの髪を何とか整えながらドアに走った。ドアの横にぶら下げていたジャケットを取り、靴を履いた。二日酔いの頭の重さに負けそうになりながらも駅までの道を走り出した。 空港内で金子さん、田中先生と、初めて会うもう一人の弁護士と合流した後、レイラと面会できるちょっとだけの時間がもらえると言われた。入管の警察は先生と金子さんにこれは強制送還ではなく本人の意思だという風な説明をしていた。疑いが晴れない田中先生が私にレイラから話を聞くように頼んだ。

空港内のセキュリティー用の部屋の隅っこにあのカーキ色の布を頭に巻いたまま下を向いているレイラが椅子に座っている。足下に、あまりの古さに色が黒から白へと変色し、紐が剥き出しになっているカバンが放置されている。年頃の娘のすべての持ち物がこのボロボロの小さいカバンで済まされたのかと思うと鋭い何かが胸をよぎった。

「レイラ私達…」声が突然喉で詰まった。我々は彼女のために来ているという単純な文章がなぜか口から出てこない。彼女と会った一分一秒のためにお金をもらっていた私は、彼女のことを心配して来ているのだろうか。考え込んでまともな文書を作り出す前にレイラが突然口を開け、小さな声で何かを呟いた。「私は…」数分の無言が続いた。横にいた田中先生は「今何って?」待つことができなくなっていた。

「レイラ、どうしたの?」力を振り絞って、レイラに問いかけた。

「私は見た、隣の部屋のドアの隙間からずっと見てた」レイラの乾いたハスキー声が遠くに聞こえる。

田中先生は待ちきれない状態で横から「なんて?なんて?」と聞いてくる。レイラは聞こえづらい声で続けた。

「最初は顔を黒い布で隠してたタリバンの人五人がドアを叩き潰して入ってきた。居間にいた母の髪を捕まって、地面にひきずりながら部屋の真ん中に引っ張り出した。地面に投げつけ足で何回か彼女を蹴ってからもう一人ボスみたいな人は『主人はどこだ』と聞いてきた。母が『たとえ知っていてもあなたたちになんか言うもんか』と言った瞬間、銃の後ろで母の顔が叩かれた。小さな血の線がおでこから流れるのを見た。涙が出てきて、目の前が曇った。『いわないと殺す』って聞こえた。怖すぎて瞬きも出来なかった。母親は答えようとしなかった、でも小さく『サラム』と呟く声が聞こえた。ボスが『やれ』って言ってから何人かで、彼女を殴り、そして蹴り始めた。銃の後ろで頭を何回も叩いた。私はずっと横の部屋にいた。ずっと見てた」

レイラの目には涙も何もなかった、神経がすべて殺されている、最初に会ったあの無表情な少女だった。

「彼女の髪を引っ張って、部屋の外に連れ出した。最後に『サラム』と言った後、母は殴られすぎて、たぶん意識が無くもう何も呟かなかった。庭でドアの前に止まって長いナイフで服が破られた後、壊われていたドアから家の前に駐車していた車に乗り込ませた」耳にする言葉を信じられぬままレイラの口を見つめるだけ。横の田中先生も彼女の顔に圧倒されたのか、もう「なんて、なんて」と聞いてこない。入管と空港の警察でさえ無言で立っている。

「私はすべてを見た。何もしないまま。『もし彼らが来たら隠れて、私は自分の娘を守る』と母親に言われていた。でも私は彼女が殺されるのを知りながらずっと黙って見ていただけ」レイラは顔を上げ、口が開いているままぼーっと彼女を見つめている私をチラッと見た。

「昔、母に、人生でどんなことがあっても『サラム』というべきだ。運命だからちゃんと受け入れないと…って言われた」 レイラは視線を逸らし遠くを見つめた。

「母が私を呼んでいる。分かるの。母のところに行きたい。アフガニスタンに帰ってもかまわない」

レイラは私達と目を合わせずに、振り向いて、空港の警察が立っていたドアの方に向かった。『待って!』と叫びたかったが喉から声が出ない。警官らが彼女の前のドアを開き、動き始めた。レイラがドアから廊下に消える前、一瞬止まり、あのハスキーな声が「ありがとう…」と呟いた。涙が詰まっている喉の奥から出てくる声だった。込みあがってくる気持ちを抑えるため、目を強く閉じた。開けたとき、警官の後ろで、閉まりかけていたドアの間から消える茶色の民族衣装の一部を最後に見た。そこに居たのは確かだった。

レイラはどこに行ってしまうのか。家族も居ない若い女性が、何に向かうのか。彼女の言葉を思い出す、「人生で何があっても『サラム』というべきだ」。古着のようになっていたあの民族衣装に身をまとい、カーキ色の目で微笑みながらこのセリフを口にしたレイラの言葉を、私はもう少し長く通訳するはずだったのに。

後のことは一瞬で終わった。別れの映画のように、田中先生の後ろで空港内を走り回り、レイラを呼び続けた。

「もう何もできないんですか?何とか止められませんか?先生?」レイラを取り戻せない、運命を決める手強い相手には勝てない、そんな無力な田中先生のまるっこい姿が小さくなって見える。横に立って空っぽな表情で宙を見上げている先生を問い詰めたい。

「相手は政府ですよ」田中先生の声は悲しみに溢れる。

「先生、どうして?   こんな形でまともなさよならさえ…」 「形の問題ではない…」独り言のような声が聞こえてくる。確かに形の問題ではない。が、それでもかまわない。これでは私の質問の答えにはなっていない。

「先生なんとかできませんか?」振り向いて先生を見た。横に立っている一人ぼっちの男性はとっても弱そうに見える。かかとでつぶせるほどの虫のように小さく、弱い。この人が弁護士だなんて…悪いけどそんな風にはもう見えない。

「先生は弁護士なんでしょ!」無防備なまま黙り込んでいる先生に対して、口調が荒くなる一方だ。

田中先生は大きなため息をついた。「弁護士のパワーは小さいよ」答えにならない答えはひどい寂しさに染まりながら独り言として返ってくる。

「どうして強制送還されるんですか?どうして難民認定にならないんですか?」頭に焼き尽くされているあの無表情な瞳の最後の訴えはなんだったのか。悲しい顔でレイラが去った通路を見つめ続ける田中先生を追い詰めても、何も解決されない。十分分かっている。ただ、最後に見たあの瞳が残したこの空しい気持ちを誰かにぶつけて楽になりたい。

「先生どうして?」

無言で立ち続ける先生を見つめる。気が一気に抜かれたこの人は自分の弁護をする気はない。同情さえ覚える、抜け殻のようだ。彼の目を追って、私も通路を見つめた。もう問い詰める気力がない。すべてが終わったんだ。

横からからっとした低音の声が聞こえた。

「日本は冷たい国かもしれない」

振り向いた。通路を見つめる先生の目が少し潤んでいる。先生が突然見つめ飽きたかのように視線を通路から逸らした。私の方を向かず、いつもよりクシャクシャになったタオルでおでこを拭き、独り言を言うような声で、「ご苦労さんでした」と呟いた。

冬の始まりを告げる冷たい風が空港内を吹き抜けた。

一人で空港内にポツンと立って、帰っていく田中先生の後姿を見つめる。下を向いたまま歩く姿勢は、猫背だ。平和主義者の先生は、レイラに貢献したいという気持ちと日本人として日本政府が正しいはずという気持ちの間でさまよっていたに違いない。

彼が歩く向かい側から親子連れが近づいてくる。複数のディズニーランドの買い物かばんを肩にぶら下げ、楽しい思い出話で盛り上がっている四人組の家族だ。頭にミッキーの耳のような飾りをつけている可愛い五、六歳ぐらいの小さな女の子は自分よりも大きなプーさんのぬいぐるみを地面に引きずりながら歩いてくる。口を大きく開け、幸せそうな顔で笑っている。この距離からでさえ喉の奥が見えるほどの弾ける笑顔だ。

視線を逸らした。

さぁ、帰ろう。


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