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荒川洋治(詩人)

 ものを始めるのは、若いときが多いけれど、大人になってからも始めることがある。「水泳を始めたの。」「英会話を始めたの。」「短歌、始めたの。」楽しそうだ。「わたし、詩を始めたの。」は、あまり聞かない。なんかあったの、と思われてしまうから。詩はそんな訳で(?)始めることとは縁がなさそうだ。でも詩の周りには、始まるものがあるのである。

 この八年間、モンゴル人の詩人が日本にいた。そして、その人の周りにいた日本の人が、あることを始めた・・・・・・ 。

 その詩人は宝音賀希格=ボヤンヒシグさん。ボヤンさんは一九六二年、中国・内モンゴル自治区の生まれ。内モンゴル大学を出て、北京の出版社に勤めた後、一九九二年来日。日本語学校で学び、H大学で大学院修士課程(私小説研究)を終えた。その後研究生として一年、日本にいた。彼は、日本の戦後詩を学びたいと思って来たのだが、大学では、彼の求める現代詩の講座がない。在留ビザがあと数か月で切れるところで(一九九八年十二月)、ぼくと、そしてぼくの詩の仲間と出会った。

 ボヤンさんはようやく詩を書く人たちと、巡り会ったのである。そこまで六年間かかった。見ず知らずの外国に来たのだ。そのくらいの年月がかかるのが普通だろう。ぼくらと会ったのをきっかけに、彼は「もう一年」日本にいたいと願う。ぼくらもそう願う。

「もう一年」滞在を延ばすためには、いくつかの方法がある。で、A、B大の窓口へ。大きな大学だ。相談には乗ってくれなかった。期日を数日過ぎているとか、あれこれで難しいとか、いろいろなことをいわれた。一般に、日本の大学は手続きだの規則だの細かいことを持ち出して、日本に来た留学生の窓口になれないようだ。それなのに「国際関係学部」「国際文化部」「国際コミュニケーション学科」などと、国際という言葉をつけたものを掲げる。留学生たちは、日本に幻滅して帰国することになる。彼らは母国に帰ったら、日本について語る人、教える人になる。そういう人とのいい関係を作れてこそ国際化。英語が話せたり、国際関係学を学ことが国際化ではない。具体的な場面で、必要な人のために力を出す。向き合う。それが本当の国際感覚というものなのだと思うけれど。

 あとは就労ビザが頼り。彼の苦境を知ったぼくの先輩や、友人たちが案じてくれた。おれは群馬の○○で食料品店をしている。そこに就職してはどうかといってくれる人もいた。「群馬は遠いなあ。」と、一同。

 入管当局の条件は、その会社の資本金、貸借対照表、会社のカタログ、雇用契約書を提出せよなど、厳しいもの。不正に滞在する外国人が多いのでそうなるらしい。まじめに勉強するために残ろうとする人は、とても困難な条件を示されることになる。それでも多くの人たちの力で、この問題は何とかクリア。新しい「一年」が加えられた。ぼくらはボヤンさんと、いろいろなところへ言った。たくさん話した。楽しかった。でも「もう一年」は瞬く間に過ぎてしまったのである。

 帰国が近づいた今年(二〇〇〇年)の二月、日本の友人たちが、日本の滞在記を書いてみないかと勧めた。すると彼は二か月でエッセイと詩を書いた。友人(四十四人)が十万ずつ資金を出し、本が出来た。「懐情の原形・ナラン(日本)への置き手紙」である。

 この本には多くの人が注目した。

 詩十一編、エッセイ二十編で構成されているが、以下はエッセイの一節。

「日本のどこへ行っても、時計がよく見られる。??日本人の顔からも時計が見られる。モンゴル人の顔からは永遠が見られるが、瞬間はほとんど見られない。日本人の顔からは瞬間がキラキラと目につく。瞬間を永遠と考えているのである。」

「モンゴル人は目がいい。目で放牧することさえできるという。家畜が草原で姿を消さない限り、安心して家にいる。どっちがカチクかと疑問に思うほど。」

 日本での暮らし、祖国のようすが、こなれた日本語で、ユーモラスに、詩情豊かに表現されている。日本人の日本語の汚れを、物陰でこっそり洗い流す。そんなきれいな、さわやかな言葉の世界だ。

 詩はそこでは終わらなかった。

 ボヤンさんは「日本の人たちにお世話になった。印税をすべて寄付する。」と言う。するとたまたま居合わせた作家宮崎学さんが「感謝するのはこちらのほうだ。そんなお金を日本人が受け取るわけにはいなかい。自分も同額出す。合わせて、これからの外国人留学生のための文学賞を作ろう。」と提案した。そしてこのほど小さな文学賞が生まれた。ボヤン賞である。

 ボヤン賞は、外国人留学生(日本語学校生を含む?以下同じ)が日本語で書いた文学作品が対象。エッセイ、詩、短編。主賞は特性のトロフィー、賞金は三十万円(少ないけれど)、選考委員は、全員、無報酬。オフィスなし。

 留学生に限定した本格的な文学賞は日本ではおそらく初めてだろう。はにかみ屋のボヤンさんは自分の名前がつくのは恥ずかしいと最後まで反対した。でもぼくらは言った。「我慢してほしい。あなたの後に続く人たちのためだ(笑)。」

 対象となる人は「日本で勉学する外国人留学生、または卒業後数年以内の人」なのだが、「数年」にするか「三年」にするかで迷った。あまりに迷ったので、「数年」になったのか「三年」になったのか、次の日、目を開けてみるとぼくはわからなくなってしまった。そのときその場にいた何人かに電話で確かめると、皆、答えが違うのである。あらら。

 このボヤン賞は、規約の面で(例えば原稿の長さなども)あまりきっちり決めないでおこう。厳密にしてしまうと、いい作品がこぼれてしまうという考えなのだ。これから作るものは、今の日本にあるもののような冷たいものにしたくない。それがこの賞の誕生にかかわった人たちの願いなのだ。かくしてボヤン賞が始まった。

 ボヤンさんはボヤン賞を残して、七月に帰国する。

(文部科学省検定済教科書 高等学校 国語利用 展開現代文 桐原書店 平成一五年より) 

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